やあやあ、みんな。今日はフィギュアスケートの話をしようじゃないか。

最近、高橋成美さんのインタビューが話題になってるんだけど、彼女のスケート人生、ちょっと聞いてくれよ。これがまた、ドラマチックでね。挫折と復活の物語として、おじさん的にはぜひ語り継ぎたい一本なんだよ。

9歳で抱いた夢と、立ちはだかった「超えられない壁」

高橋成美さん(1997年生まれ)が初めてオリンピックを夢見たのは、9歳のころだったという。フィギュアスケートのシングル選手として、いつか五輪の舞台に立つ——そんな純粋な夢を胸に、日々の練習に打ち込んでいたわけだ。

ところがどっこい、同じ時代に日本のフィギュアスケート界には「絶対に勝てない」と感じさせる存在がいたんだよ。そう、浅田真央さんだ。

浅田真央さんと言えば、2006年のGPファイナルで当時15歳にして優勝、2008年と2010年の世界選手権を制し、2010年バンクーバー五輪では銀メダルを獲得した日本フィギュアの絶対女王。トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を武器に、世界中のファンを魅了し続けた選手だ。

高橋さんは最近のインタビューで「浅田真央さんを見て、シングルでは太刀打ちできないと感じた」と率直に語っている。これは敗北宣言なんかじゃない。むしろ現実を冷静に見つめた上で、「じゃあ自分の道はどこにあるんだ?」と問い直した、勇気ある選択への第一歩だったんだよ。

「救世主」木原龍一との出会いがすべてを変えた

シングルに限界を感じた高橋さんが選んだのが、ペアスケートへの転向だ。そしてここで運命的な出会いがある。パートナーとなった木原龍一さん(1994年生まれ)だ。

高橋さんは木原さんのことを「救世主のような存在」と語っているんだが、同時に「悔しかった」という複雑な感情も吐露している。これはどういうことかというと、ペアへの転向は自分の夢の「諦め」でもあったから。プロとして前を向きながらも、心のどこかに「シングルで勝ちたかった」という想いが残っていた、ということなんだよ。

そして、この二人がどれだけすごいことを成し遂げたか知ってるかい?

高橋・木原ペアは、2022年北京冬季オリンピックのペアスケートに出場した。これは日本のペアとして実に46年ぶりの五輪出場——1972年の札幌大会以来の快挙だったんだ。シングルで叶えられなかった五輪の夢を、ペアという形で実現してみせた。これはただの転向じゃない、見事な「再発明」だよ。

うんちくおじさんの豆知識コーナー

ペアスケートって、シングルとどう違うの?

まあ聞いてくれよ。ペアスケートの歴史、実は古くてね。国際スケート連盟(ISU)が設立されたのが1892年で、ペア競技は1908年のロンドン五輪から正式種目として採用されているんだ。シングルより長い歴史を持つともいえる。

採点もシングルとはかなり違う。ペア独自の技術として「リフト」「スロージャンプ」「デススパイラル」「ペアスピン」などがある。特に「デススパイラル」は、男性が中心となって回転しながら女性が氷に頭が触れそうなほど低い姿勢でアームを伸ばして回転するという、見た目のインパクトが半端ない技だ。あれ、女性の体幹の強さと男性の安定感が両方ないと成立しないんだよ。

ちなみにISUのルール上、ペアの身長差は特に規定されていないが、リフト技術の観点から男性が女性より大柄なペアが多い。高橋・木原ペアも、木原さんが高橋さんをリフトする技で会場を沸かせてきた。

「絶対に勝てない」と思った選手とは?

ABEMAやau Webポータルで話題になったインタビューで、高橋さんが「絶対に勝てないと思ったフィギュアスケーター」として語った内容が注目を集めている。その正直な言葉が、多くのファンの心に響いたんだよ。

トップアスリートというと、「ライバルを見て燃えた」「絶対に追い越してやると思った」という闘志の話が多いじゃないか。でも高橋さんは、冷静に「この人には勝てない」と感じた瞬間があったと言う。それでも競技を続け、道を変え、別の頂点を目指した。

おじさんに言わせれば、これが本当のプロフェッショナリズムだよ。

夢の形を変えることは、夢を捨てることじゃない。9歳の自分が「オリンピックに出たい」と思った——その夢は、2022年の北京でちゃんと叶っているんだから。

ペアスケート転向組の成功例は世界にもある

ここでもう一つ、おじさんが気になったうんちくを挟ませてくれ。

シングルからペアに転向して成功した選手は、世界を見渡すと実は少なくない。たとえばロシア(旧ソ連)のフィギュアスケートは長年ペアで世界を席巻してきたが、その強さの一端には「シングル出身選手の積極的なペア転向」がある。技術的な土台がしっかりしているシングル出身者は、ジャンプの精度が高く、ペアでも即戦力になりやすいんだ。

日本のペアスケートはまだまだ発展途上で、2022年北京以前は長らく五輪の舞台から遠ざかっていた。高橋・木原ペアの挑戦は、日本のペアスケート文化そのものを底上げする意味でも、計り知れない価値があったんだよ。

まとめ — 挫折の先に、もう一つの頂上があった

ちょっと聞いてくれよ、最後にね。

高橋成美さんの話、どうだった?シングルで「勝てない」と感じた相手がいた。悔しさがあった。それでも競技を続け、木原龍一さんというパートナーと出会い、46年ぶりに日本ペアを五輪へと導いた。

人生、最初に描いた地図通りに進む必要なんてないんだよ。むしろ、地図を書き直せる人間の方が、最終的に遠くまで行けるんだよね。

高橋成美さんの言葉と歩みは、フィギュアスケートファンだけじゃなく、今まさに壁にぶつかっている人の背中を、そっと押してくれるんじゃないかな。

おじさんも、久しぶりにフィギュアスケートをちゃんと見たくなったよ。さあ、みんなはどう思う?