やあやあ、久しぶりに会ったような気分で話しかけてしまうよ。今日はね、最近またテレビで見かけることが多くなった石田ひかりさんについて、おじさんがたっぷり語らせてもらおうと思ってね。まあ、聞いてくれよ。
九州を駆け抜ける!常盤貴子との鉄道旅
2026年4月、NHK BSで放送されている「極上!鉄道ごはん旅 常盤貴子×石田ひかり 九州の鉄道と美食編」が話題を集めているんだ。4月22日(水)にNHK BSP4Kで18時から、そして4月30日(木)にはNHK BSで21時15分から放送されるというから、まだ見ていない人はぜひチェックしてほしいよ。
この番組では、同い年の仲良し俳優・常盤貴子さんと一緒に九州の豪華観光列車やレストラン電車に乗り込んで、地元グルメを堪能するというロケを敢行。宮崎県の延岡駅では駅長さんとも記念撮影をしたりと、旅の楽しさがにじみ出ていてね。おじさんも思わずテレビの前でニヤニヤしてしまったよ。
それだけじゃない。2026年4月からはテレビ朝日系のオシドラサタデー「ターミネーターと恋しちゃったら」にも南風董子役で出演中だし、中京テレビ・日本テレビ系の「鬼女の棲む家」にも出演しているんだから、今の石田ひかりさんはまさに充実期といえるだろう。
石田ひかりって、実はこんな人
さて、若い人の中には「石田ひかりって誰?」と思う人もいるかもしれないから、おじさんがざっくりと紹介しようじゃないか。
石田ひかりさんは1972年5月25日生まれ、東京都出身の53歳。テンカラット所属の女優で、姉はあの石田ゆり子さんだよ。そう、あの人気女優と姉妹なんだ。面白いのはね、二人がほぼ同時期に同じ芸能プロダクション・ボックスコーポレーションにスカウトされたという話で、ゆり子さんが自由が丘でスカウトされた約1か月後に、ひかりさんは二子玉川でスカウトされたんだ。しかもスカウトマンは二人が姉妹だと知らずに声をかけたというから、これはびっくりエピソードだろう。
女優としてのデビューは1986年、日本テレビの「妻たちの課外授業II」。当時まだ14歳だったんだよ。翌1987年にはテイチクからシングル「エメラルドの砂」でアイドル歌手としてもデビューしている。
1992年、映画界を席巻した輝かしい実績
おじさんに言わせれば、石田ひかりさんの真骨頂は1992年に爆発したんだよ。この年、「ふたり」「咬みつきたい」「あいつ」と3作品に立て続けに出演し、日本アカデミー賞新人俳優賞、ブルーリボン賞新人賞、キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞、高崎映画祭最優秀主演女優賞、エランドール賞新人賞を総なめにした。
中でも大林宣彦監督の映画「ふたり」は、石田ゆり子さんと実の姉妹で主演を務めた作品。公開は1991年11月だが、受賞ラッシュは翌1992年に集中した。さらに1994年には「はるか、ノスタルジィ」で日本映画プロフェッショナル大賞主演女優賞も受賞している。
テレビドラマでも「悪女」「ひらり」「あすなろ白書」「輝く季節の中で」「結婚しようよ」など、90年代の名作に次々と出演。NHKの紅白歌合戦では第43回・第44回と2年連続で紅組司会も務めているんだから、当時の存在感は相当なものだったんだよ。
名前のルーツと姉妹の絆
もうひとつ、おじさんが気に入っているエピソードを話してやろう。石田ひかりさんの夫は、NHKのプロデューサー・演出家である訓覇圭さんで、2001年に結婚している。夫がNHK関係者だからというわけでもないだろうけど、NHKの番組への出演も多く、今回の「極上!鉄道ごはん旅」もNHK BSの番組だ。
姉の石田ゆり子さんとの関係も、長年にわたって良好で、二人で映画に出演するなど姉妹の絆の深さは業界でも知られているよ。なかなか姉妹二人が同じ芸能界で長く活躍し続けるというのは、珍しいことでもあるんだよ。
まとめ:53歳、今が充実期
1986年のデビューから実に40年。53歳になった今も、ドラマに旅番組にと精力的に活動を続ける石田ひかりさんの姿は、同世代のおじさんにとっても励みになるよ。
「極上!鉄道ごはん旅」の九州編、常盤貴子さんとの掛け合いも楽しそうだし、4月30日のNHK BS放送はぜひ見てみてくれよ。九州の絶景と美食と、二人の女優の自然体なトーク。これはおじさんも録画予約済みだよ。
それじゃあ、また豆知識を持ってくるからね。次回も楽しみにしてくれよ!
おじさんのうんちくコーナー:石田ひかり、意外なスポーツ少女時代
ちょっと聞いてくれよ、これはなかなか知られていない話なんだけどね。石田ひかりさん、実はもともと水泳選手を目指していたんだ。4歳から水泳を始めて、父親の仕事の都合で小学校時代に台湾に3年ほど暮らした際には、現地の水泳大会でなんと優勝して地元の新聞に掲載されたこともある。当時はジュニアオリンピック出場を目標に掲げていたほどで、将来は水泳の選手かコーチになりたいと考えていたというんだよ。
その後、中学1年生のときにスイミングスクールの帰り道に二子玉川でスカウトされて芸能界入りするわけだけど、両親から芸能活動を許してもらう条件が「水泳を続けること」だったというのも面白い。水泳から女優へ、人生って不思議な方向に転がるものだよね。
ちなみに「ひかり」という名前は、クリスチャンの両親が聖書に出てくる言葉から名付けたんだそうだ。名前の由来まで知ってる人は少ないんじゃないかな。