やあやあ、今日はちょっとヘビーな話をしなくちゃいけないな。テレビ朝日の元社員でコメンテーターの玉川徹氏が、またまた大きな話題になってるじゃないか。まあ、聞いてくれよ。

何が起きたのか?——発言の中身を整理しよう

2026年4月、玉川徹氏が出演したテレビ番組で、トランプ前米大統領の義理の息子であるジャレッド・クシュナー氏を話題にした際に「ユダヤ人ですよね?」という発言をしたんだ。これに対して、駐日イスラエル大使のギラッド・コーヘン氏がテレビ朝日に対して「重大さをもって対応するよう」正式に要求したわけだよ。

イスラエル大使館側は、この発言が「クシュナー氏の政策判断や行動をユダヤ人であることと結びつける意図を持つもの」として「差別的だ」と指摘した。つまり、「ユダヤ人だから〇〇だ」という論法は、宗教・民族への偏見を助長するステレオタイプだと言っているわけだ。

さらに同時期、玉川氏はトランプ氏の「ホルムズ海峡逆封鎖」発言についても「どこにも合理性がない。あまりにも無責任な戦争だ」とコメント。国際情勢への言及が多い玉川氏だが、今回の騒動は単なる政治批評とは一線を画す問題として注目されているんだよ。

おじさん的深掘り——「ユダヤ人ですよね?」の何が問題なのか

民族・宗教と個人の行動を結びつける危うさ

おじさんに言わせれば、この問題の核心は「属性と行動の不当な結びつき」なんだよ。

ジャレッド・クシュナー氏は1981年生まれのアメリカ人実業家で、2017年から2021年のトランプ政権下で上級顧問を務めた人物だ。彼はユダヤ系であることは事実だが、彼の政治的判断をユダヤ系であることで「説明」しようとすること——これが問題の本質なんだ。

歴史を紐解けば、「ユダヤ人は〜だ」という論法がどれほど危険な結末を招いてきたか、20世紀のヨーロッパが残酷なほど証明しているだろう?ナチス・ドイツのプロパガンダ大臣ヨーゼフ・ゲッベルスが主導した反ユダヤ主義宣伝は、まさにこの「民族属性による行動の帰属」を徹底的に利用したものだった。

ジャレッド・クシュナーとは何者か?

クシュナー氏について少し補足しておこう。ハーバード大学卒業後、不動産業「クシュナー・カンパニーズ」を率いる実業家で、2009年にトランプ氏の娘イバンカ氏と結婚。トランプ政権では中東和平交渉を担当し、2020年にイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダン、モロッコの国交正常化を実現した「アブラハム合意」を主導した人物だ。この合意は1994年のヨルダン・イスラエル平和条約以来、26年ぶりとなる中東の歴史的和平だったんだよ。

彼の政策が正しいかどうかは別として、それを評価するなら「政策の内容」で判断すべきで、「民族的背景」を持ち出すのは論点のすり替えになるわけだ。

うんちくおじさんの豆知識コーナー

「反ユダヤ主義(アンティセミティズム)」の歴史、知ってたかい?

「反ユダヤ主義」という言葉が生まれたのは意外と新しくて、1879年にドイツの政治活動家ウィルヘルム・マールが初めて使ったと言われているんだよ。それ以前は「ユダヤ人憎悪」などと呼ばれていたものを、彼が「科学的・人種的」に聞こえる言葉で言い換えたわけだ。

第二次世界大戦では約600万人のユダヤ人がホロコーストで命を落とした。これは当時のヨーロッパのユダヤ人人口の約3分の2にあたる数字だよ。

現在、世界には約1500万人のユダヤ人が暮らしており、そのうち約700万人がイスラエルに、約600万人がアメリカに居住している。日本では、外務省の統計によると在日ユダヤ人は約1000人前後とされており、歴史的にも日本とユダヤの関係は決して浅くない。太平洋戦争中の1938年から1940年にかけて、外交官の杉原千畝氏がリトアニアで約6000人のユダヤ人難民に「命のビザ」を発給したことは世界的に知られている事実だ。

メディアに携わる人間が「ユダヤ人だから」という論法を用いることがなぜ問題視されるか——それは、こうした歴史の積み重ねがあるからなんだよ。

テレビコメンテーターと「言葉の重さ」

玉川徹氏は2022年にも「PCR検査ができない背景には電通が関わっている」という趣旨の発言で謝罪・訂正を余儀なくされた経緯があるな。その際は約3週間の謹慎処分を受け、テレビ朝日も公式に謝罪している。

テレビの生放送で視聴者数百万人に向けて発言するということは、それだけ言葉の影響力が大きい。特定の民族・宗教・属性への偏見を助長しかねない表現は、どんなに「批判の意図がなかった」としても受け取る側には刺さるもんだよ。

「ホルムズ逆封鎖」に関する発言のように政策を批判すること自体は言論の自由の範囲内だ。しかし、その批判に「民族性」を持ち込むことは全く別次元の話で、ここがイスラエル大使館が「懸念」を表明した核心部分なんだよ。

まとめ——おじさんからひとこと

まあ、今回の騒動で大事なのはひとつだけだよ。「人の行動を民族・宗教・属性で説明しようとすること」は、どんな文脈であれ差別の入り口になりうる——これはメディアに限らず、私たちみんなが肝に銘じておくべきことじゃないかな。

駐日イスラエル大使がわざわざテレビ局に「重大さをもって対応」するよう求めたという事実の重さ、ぜひ噛みしめてほしいんだよ。国際社会における日本のメディアへの視線がどこにあるか、改めて考えるきっかけになるといいな。

おじさんもテレビをよく見るけど、コメンテーターの言葉ひとつひとつがどれほどの影響力を持つか——視聴者側も「受け取る力」を磨いていかないといけないよ。それじゃあまた、次のうんちくで会おうじゃないか!