やあやあ、みんな!今日も元気かい?

おじさんがね、最近めちゃくちゃ気になってるニュースがあってさ。あの「ドラゴン」こと藤波辰爾が、また動き出したんだよ!2026年5月3日、新日本プロレスの福岡大会に乗り込んで、若いヤツに実力行使したってんだから、おじさんはもう「やっぱりドラゴンはドラゴンだ!」って膝を打ったよ。

ドラゴン藤波、72歳にして現役!

藤波辰爾さんはね、1953年12月28日生まれ、大分県国東市出身。現在72歳だよ。それでまだ現役でプロレスやってるんだから、もう規格外もいいところだろう?

1971年5月9日にプロレスデビューして、2026年の今年でデビュー55周年。55年間ずっと現役でリングに上がり続けてるんだから、そんな選手は世界広しといえどもそうそういないよ。

今回の騒動はね、H.O.T(ハウス・オブ・トーチャー)という新日本プロレスのユニットに所属する成田蓮に絡んでいったんだ。藤波さんが福岡大会に乗り込んで実力行使、「お前、成田っていうのか?」と直接声をかけてね。5月22日に後楽園ホールで開催される「ドラディション」大会へのボイコット宣言をしての行動だよ。

ちなみにその福岡大会では、柔道金メダリストのウルフ・アロンがH.O.Tのドン・ファレにリベンジHを達成。成田蓮はNEVER無差別級王座をボルチン相手に防衛して「何度挑戦しても、俺に負けんだよ」とウルフの挑戦を一蹴したんだ。そんな成田に、大先輩のドラゴンが直接乗り込んでいったわけだよ。これは見逃せない展開だろう?

藤波辰爾の輝かしい55年の足跡

さて、ここでおじさんが藤波さんの経歴を詳しく説明してあげよう。

伝説の始まり — 日本人初のWWWFジュニア王者

藤波さんは1970年6月、16歳で日本プロレスに入門したんだ。テレビでアントニオ猪木のプロレスを観て憧れてね、中学2年で入門を決意したそうだよ。1971年5月9日にデビューし、1972年3月の新日本プロレス旗揚げ戦にも出場した。同年12月の第1回カール・ゴッチ杯で優勝して海外遠征のチケットをつかんだんだ。

1975年6月から3年8ヶ月にわたる海外修行。ドイツ、メキシコ、アメリカを転戦し、「プロレスの神様」カール・ゴッチ直伝の技術を磨いてさ。1978年1月、ニューヨークで日本人初のWWWFジュニアヘビー級王者に輝いた。この凱旋帰国は当時の日本プロレス界に衝撃を与えた大事件だったんだよ。

長州力との「名勝負数え唄」

1981年末にヘビー級転向を宣言した藤波さん。そして翌1982年、メキシコ遠征から帰国した長州力との歴史的な抗争が始まったんだ。

この両者の激闘は「名勝負数え唄」と呼ばれて、プロレスファンの間で今も語り継がれる名勝負の数々を生み出した。スピーディな展開でヘビー級プロレスの概念そのものを変えてしまったんだよ。

44歳でのIWGP王者返り咲きという奇跡

プロレス人生のハイライトのひとつが、1998年4月4日のアントニオ猪木引退記念試合だろう。なんと44歳にして、当時のIWGPヘビー級王者・佐々木健介を破り、第24代IWGP王者に返り咲いたんだから!これが通算6度目の戴冠という偉業だよ。

1988年の試合中の椎間板ヘルニアで一度は再起不能と言われ、1年3ヶ月にも及ぶ治療とリハビリを経て奇跡の復活を果たして——そのうえでのチャンピオンシップ奪取だからね。本当に不屈の闘士だよ。

おじさんのうんちくコーナー

WWE殿堂入りの重さ、分かるかい?

藤波辰爾さんは2015年3月にWWE殿堂入りを果たしたんだけど、これは日本人としてアントニオ猪木に次いで史上2人目という快挙なんだ。WWEの殿堂入りってのは、アメリカのプロレス界における最高の名誉のひとつでさ、世界中のトップレジェンドしか選ばれない。

さらに2017年にはPWHF(プロレスリング殿堂)にも殿堂入り。つまり藤波さんは世界が2度認めた真のレジェンドレスラーってわけだよ。

もうひとつ教えてあげよう。藤波さんの代名詞といえば「ドラゴンスクリュー」という足関節技だよ。相手の足を竜がからみつくように捻る技でね、今では日本だけでなく世界のプロレス界で広く使われている技になっているんだ。技名に「ドラゴン」が入っているのも、藤波さんの異名「ドラゴン」から来ているのは言うまでもないよ。

「ドラディション」という団体の信念

藤波さんが率いる「ドラディション」は、2008年1月に現在の名前になった団体だよ。前身は1995年10月に旗揚げした「無我」で、プロレスの原点回帰、基礎のしっかりしたレスリングを若い世代に伝えることを目的としてスタートしたんだ。イギリスの名門・ビリーライレージムとも提携していたよ。

「Tradition(伝統)」という言葉を冠したこの団体名に、藤波さんの哲学が凝縮されているよ。プロレスの伝統を守り、次世代に伝えていく——72歳になった今でも、そのために現役でリングに上がり続けているわけだ。

1999年6月からは5年間にわたって新日本プロレスの代表取締役社長も務めた藤波さんが、今は自分の団体でプロレスの「伝統」を伝えている。2022年1月4日の東京ドーム大会「WRESTLE KINGDOM 16」の第0試合にも出場し、同年3月1日の武道館「旗揚げ記念日」では、オカダ・カズチカ、棚橋弘至と組んで藤原喜明、鈴木みのる、ザック・セイバーJr.と対戦している。まだまだ現役なんだよ、このドラゴンは!

まとめ — レジェンドの生き様に学べ

ねえ、どうだい?藤波辰爾さんの話、聞いてくれたかい?

1971年のデビューから55年、72歳になった今でも成田蓮みたいな若い選手に直接乗り込んでいく行動力。WWE殿堂入り、PWHF殿堂入り、IWGP通算6度戴冠、日本人初のWWWFジュニア王者……数字で見るだけでも半端じゃない実績だろう?

「プロレスの伝統を守る」という信念を持って、今もリングに立ち続けるドラゴン藤波。5月22日の後楽園ホール「ドラディション」大会、おじさんは大いに注目しているよ。

若いもんよ、レジェンドをなめると痛い目を見るぞ。おじさんに言わせれば、これが「本物」の生き様ってもんだよ!