やあやあ、まあ聞いてくれよ。
最近ね、プロレスファンの間でまたひとつの名前が熱く語られているんだ。ジャンボ鶴田。本名・鶴田友美。1951年3月25日に山梨県で生まれたこの男、没後25年以上経った今も「歴代最強のプロレスラーは誰か」という議論になると、必ずその名前が挙がるんだよ。猪木でも三沢でもない、ジャンボ鶴田。なんでだろう、って思うだろう? おじさんが解説してあげようじゃないか。
ジャンボ鶴田という男の規格外っぷり
身長196cm、体重120kg。このサイズで驚異的な運動能力を持っていたんだ。1972年のミュンヘン五輪にはレスリング・フリースタイルのヘビー級で日本代表として出場している。オリンピックレスラーがそのままプロレス入りしたわけだ。1973年に全日本プロレスに入門して以来、ジャイアント馬場のもとで世界最高峰のレスラーたちと闘い続けた。
そのキャリアのハイライトとして語られるのが、「鶴龍コンビ」——ジャンボ鶴田と天龍源一郎による黄金タッグだ。東スポWEBのインタビューで天龍源一郎はこう振り返っている。「最初にジャンボ鶴田に会ってなかったら……」と。ふたりの出会いが天龍のキャリアそのものを形作ったと言っていいほどの絆と、同時に「呪縛」でもあったと語っているんだ。
藤波辰爾も最近こんな話をしていた。新日本プロレスのエースだった藤波が、生涯でただ一度だけ同じリングに上がった時のジャンボ鶴田の存在感。「一度だけ」というのがポイントでね、それほど団体の垣根が高かった時代に、そのたった一度が強烈な印象として残っているというわけだ。
「100%で闘ったことがない」という衝撃の一言
ここからが本題だよ、ちょっと聞いてくれよ。
最近デイリー新潮で紹介された記事に、ジャンボ鶴田自身の言葉が引用されていた。
「正直に言うと、現役中は100%の力で闘ったことがないよね」
これが出てきた瞬間、おじさんは椅子から転げ落ちそうになったよ。だってね、あの全盛期の鶴田でさえ「100%ではなかった」んだ。ハンセン、ブロディ、天龍……そうそうたる強豪と激突してあの試合をして、それが「本気じゃない」と言う。つまり100%の鶴田を見た人間は、地球上に一人もいなかったということになる。
これが「歴代最強」論争でジャンボ鶴田の名前が消えない理由のひとつなんだ。「もし本気を出していたら」という想像の余地が、伝説をさらに大きくする。
鶴田の悲劇と伝説の重さ
ジャンボ鶴田のキャリアに影を落としたのがB型肝炎だ。1990年代後半に病状が悪化し、1999年には米国・フィリピンで肝臓移植手術を受けた。しかし回復叶わず、2000年5月13日にフィリピンで帰らぬ人となった。享年49歳。あまりにも早すぎる死だった。
全日本プロレス三冠ヘビー級王座を6回獲得し、PWF世界ヘビー級王座、インターナショナル・ヘビー級王座など数々のタイトルを保持した。その試合スタイルは「ラリアット一発でも倒れない」「どんな攻撃も受け切る」という圧倒的なタフネスが特徴で、対戦相手からも「あの人にはかなわない」と言わしめた。
天龍源一郎が「鶴龍コンビ」時代を「絆と呪縛」と表現したのも納得がいくだろう。天龍にとって鶴田は、越えようとすればするほど大きく見える壁であり、同時に共に戦った戦友でもあったんだ。
なぜ今も語り継がれるのか
プロレスという世界はね、記録より記憶が残る世界なんだよ。統計やデータで「最強」を測れない分、語り草と伝説が積み重なっていく。ジャンボ鶴田が2000年に亡くなってから四半世紀が過ぎた今も、天龍源一郎や藤波辰爾のような同時代のレジェンドたちが折に触れてその名を口にするのは、それだけ鶴田という存在が大きかったからにほかならない。
「100%で闘ったことがない」という言葉は、謙遜でも冗談でもなく、鶴田自身が感じていた「まだまだ余力がある」という純粋な感覚だったのかもしれない。それほどの天才が、時代と場所に恵まれ、そして病という理不尽に奪われた。
おじさんに言わせれば、伝説とは「完結しなかったもの」が最も輝くんだよ。もし鶴田が健康のまま50代、60代まで生き、インタビューや解説で現代プロレスを語っていたなら、今とは違う形で記憶されていたかもしれない。でも49歳で逝ったから、「あの100%を見たかった」という余白が永遠に残り続ける。
君も今度、「歴代最強のプロレスラーは誰か」という話題が出たら、ぜひジャンボ鶴田の名前を挙げてみてくれよ。きっと周りのプロレスファンの目が輝くはずだよ。
おじさんのうんちくコーナー:「ジャンボ」という言葉の意外な由来
そもそも「ジャンボ」ってどこから来た言葉か知ってるかい? 実はこれ、19世紀に実在したアフリカゾウの名前に由来するんだ。1860年代にロンドン動物園で飼育されていた巨大なアフリカゾウ「Jumbo」が、のちにアメリカのサーカス王P・T・バーナムに売却されて世界的な人気者になった。身長はなんと推定3.5メートル以上、体重約6トンというとんでもないサイズだったんだよ。
1882年にバーナムがこのゾウを買い取った金額が10,000ドル(当時としては破格)。以来「Jumbo」は英語で「巨大なもの」を意味する普通名詞として定着した。ジャンボジェット、ジャンボ宝くじ……全部このゾウが語源なんだ。鶴田友美が「ジャンボ」のリングネームをもらったのも、その恵まれた体格から来ているわけで、まさに名は体を表すというやつだね。