やあやあ、久しぶりだね。今日はちょっと真面目な話をしようじゃないか。
最近ニュースを見ていたら、自民党の門寛子衆院議員が国会前でデモをしている市民に対して「ごっこ遊び」と言って批判を浴びているじゃないか。木原官房長官は「さまざまな形での意見表明は自然なことだ」と見解を示したけどね。それはさておき、この騒動のおかげで「国会議事堂」という建物そのものに興味を持った人も多いんじゃないかい?
というわけで今日は、おじさんが国会議事堂のうんちくをたっぷり語ってあげよう。まあ、聞いてくれよ。
完成まで実に16年!知られざる建設の歴史
国会議事堂といえば、東京都千代田区永田町一丁目7番1号にある、あのどっしりとした石造りに見える建物だよね。でもね、あれが完成するまでに、どれだけの年月がかかったか知ってるかい?
なんと着工が1920年(大正9年)1月30日で、竣工が1936年(昭和11年)11月7日。足かけ16年もかかっているんだよ! 現代の大型建設プロジェクトでもなかなかない超長期工事さ。
構造は鉄骨鉄筋コンクリート造で、敷地面積は103,007m²、延床面積は53,464m²。中央塔の高さは65.45mで、両翼は20.91mある。設計したのは大蔵省臨時議院建築局だよ。
そして建物は中央塔を中心に左右対称形になっていて、正面から見て左側が衆議院、右側が参議院(かつての貴族院)というつくりになっている。
仮議事堂は燃えた!明治時代の大火災
さらに遡ると、現在の議事堂ができる前の「仮議事堂」の歴史も面白いんだ。
1890年(明治23年)11月24日、麹町区内幸町二丁目(現在の千代田区霞が関一丁目、現・経済産業省の敷地)に第一次仮議事堂が完成した。ドイツ人建築家アドルフ・ステヒミューラーと臨時建築局技師の吉井茂則が設計したものだよ。
ところが翌1891年(明治24年)1月20日の未明、漏電により衆議院政府委員室から出火して全焼してしまったんだ。開院式からわずか2ヶ月足らずの出来事だよ。恐ろしいね。
参観もできる!意外と身近な国会議事堂
さて、国会議事堂って「雲の上の存在」みたいに思っている人も多いだろうけど、実は一般市民でも参観できるんだよ。
衆議院側は平日なら午前8時から午後5時まで(受付は16時まで)参観できるし、土日・祝日も午前9時半から午後3時の間に計6回の参観機会がある。所要時間はおよそ60分だ。
参議院側は月曜から金曜(休日・年末年始除く)の午前9時から午後4時の毎正時に受付があって、こちらも所要時間は約60分。最寄駅は東京メトロ永田町駅(有楽町線・半蔵門線・南北線)の出口1から徒歩約3分、もしくは国会議事堂前駅(千代田線・丸ノ内線)の出口1から徒歩約6分だよ。
参観コースでは議場や御休所、中央広間なんかを見て回れる。本会議が開かれる日は開会予定時刻の1時間前から参観中止になるので注意が必要だけどね。
デモの話に戻ると…民主主義とは何かを考えさせられる
冒頭に話した「ごっこ遊び」発言に戻ろう。国会前でのデモ活動については様々な意見がある。木原官房長官が「さまざまな形での意見表明は自然なことだ」と述べたように、民主主義国家においては市民が意思を表明する手段は多様であるべきだろう。
おじさんに言わせれば、建設に16年、歴史的な火災や戦時中の迷彩まで乗り越えてきたこの建物が象徴するのは、「国民の代表が議論する場所」という理念そのものだよ。その議事堂の前で市民が声を上げることの意味を、みんなでちゃんと考えたいものだね。
まとめ:石の建物に込められた90年の歴史
どうだい、国会議事堂って意外と奥深いだろう? 着工から竣工まで16年、戦時中には迷彩塗装、戦後は前庭が農場……あの重厚な建物には、日本の激動の近現代史がぎゅっと詰まっているんだよ。
機会があれば一度、実際に参観に行ってみてくれよ。永田町駅から歩いて3分、所要時間60分のプチ歴史体験、なかなか悪くないぞ。
そして今話題の「国会前デモ」の議論も含めて、民主主義というものをあらためて考えるきっかけにしてもらえれば、おじさんとしては嬉しいよ。じゃあ、またね!
おじさんの豆知識コーナー:戦時中の国会議事堂は「迷彩」されていた!
これはあまり知られていない事実なんだけど、1945年(昭和20年)、太平洋戦争中に国会議事堂は爆撃を避けるため「都市迷彩」が施されたんだよ。あの格調ある建物に、敵の爆撃機から見えにくくするための偽装塗装が施されたわけだ。
それだけじゃない。戦後の食料難が深刻だった1946年(昭和21年)6月には、議事堂前の広場が農場として使われていた記録まであるんだ。国の最高機関の前庭が畑になるなんて、今じゃ想像もできないだろう? 歴史というのは本当に驚かされるよ。