やあやあ、久しぶりに会ったね。今日はおじさん、ちょっと気になってた人物について徹底的に調べてきたよ。

その名もジェーン・スー。ラジオが好きな人なら「あ、知ってる!」って顔をするだろうけど、名前は聞いたことあっても意外と素顔を知らない人も多いんじゃないかな。

まあ、聞いてくれよ。これがまた面白い人でさ。

ジェーン・スーって、そもそも誰なの?

1973年5月10日生まれ、現在52歳。東京都文京区の生まれで育ちも文京区という、根っからの東京っ子だ。職業は音楽プロデューサー、作詞家、コラムニスト、エッセイスト、そしてラジオパーソナリティ。肩書きが多すぎて名刺が何枚いるんだって話だよね。

本人いわく「生粋の日本人」で自称「未婚のプロ」。血液型はO型。所属事務所は音楽クリエイターチーム「agehasprings(エイジハスプリングス)」で、2009年からコラムニストとして活動を始めた。

名前の由来が笑えるんだ、これが

「ジェーン・スー」という名前、外国人みたいだろう?ところがこれ、れっきとした芸名でね。

話によれば、外国人割引があるホテルに外国人のふりをして泊まろうとしたときに使った偽名が元ネタらしい。それをmixiのハンドルネームにしたら、そのまま芸名になってしまったというわけ。

名前の元ネタは、アメリカのミネアポリス留学中のルームメイト「ジェーン・ウェルチ」さん。でも「アジア人でウェルチはさすがにおかしい」という判断で、「スー」に変更したんだって。なかなかのいきあたりばったり人生だよね(笑)。

フェリスから早稲田、そしてエピックレコードへ

学歴がまたユニークでさ。フェリス女学院大学文学部に入学したんだけど、大学在学中に早稲田大学のサークル「ソウルミュージック研究会」に所属するんだ。

このサークルに、プロデビュー前のRHYMESTER(ライムスター)がいたんだよ。宇多丸とMummy-Dが先輩で、DJ JINが同期。今や日本語ラップ界のレジェンドたちと同じ釜の飯を食べてたわけさ。

さらに1995年、西麻布のクラブ「Yellow」でブラン・ニュー・ヘヴィーズの「Never Stop」を歌っていたところ、MELLOW YELLOWのKOHEI JAPANに認められ、同年のアルバム『MELLOW YELLOW BABY』にボーカリストとして3曲参加している。これは割と知られていない事実だよ。

大学卒業後はエピックレコードジャパンに就職。センチメンタル・バスや葛谷葉子などの宣伝を担当した後、ユニバーサルミュージックに転職して9年間勤務。その後、眼鏡販売会社のZoffに転職して商品企画から店頭施策まで約3年携わるという、なかなかの紆余曲折キャリアだ。

おじさんのうんちく:「ジェーン・スー」デビューの本当のきっかけ

ジェーン・スーがコラムニストとしてデビューしたきっかけ、実はmixiなんだよ。35歳で会社を退職した後、父親の借金問題や実家の売却などで波乱万丈な日々を送っていたころ、mixiに書いていた日記が女性向けファッション雑誌『GINGER』(幻冬舎)の編集者の目に留まったのが始まりさ。

「10円でも安いティッシュを求めてドラッグストアをハシゴした」「買いたい靴も値段を見て買えなかった」と本人が振り返るほどの低迷期を経て、今や日本を代表するコラムニストになったんだから、人生って面白いよね。ちなみに会社員時代の終わりには大失恋で体重が25kg減ったというから、それだけで一冊書けそうな話だよ。

2015年、講談社エッセイ賞を受賞!

コラムニストとして頭角を現した後、2015年に『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。このタイトルのパンチ力よ。おじさんも読んだけど、ズバッと核心をつく文章が痛快でね。

その後も著書は多数で、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮文庫)、『ひとまず上出来』(文春文庫)、『きれいになりたい気がしてきた』(光文社)、『へこたれてなんかいられない』(中央公論新社)、『介護未満の父に起きたこと』(新潮新書)など、次々と話題作を発表している。

ラジオ界の顔としても大活躍

TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」では長年MCを務め、ポッドキャスト「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』」や「となりの雑談」でもMCとして活躍中。

最近のニュースでは、田中みな実がジェーン・スーの番組を通じて知り合った小宮山雄飛(ホフディラン・1973年生まれ)と親しくなったという話題も。田中みな実(1986年生まれ)からすると13歳年上のミュージシャンとよく外食するという報道で、小宮山の娘に「パパを取られた」と言われるほどの仲らしい。ジェーン・スーの番組がきっかけで生まれた人間関係というのも、ラジオの持つ不思議な力だよね。

52歳にして「今の自分が一番好き」

おじさんが特に感心したのは、最近のインタビューでの言葉さ。

30代、40代よりも、50代の今の自分のほうが好き

これ、なかなか言えることじゃないよ。最新エッセイでは美容医療やダイエットに体当たりで挑戦した体験を赤裸々に記していて、エラボトックスから始まり、毛穴洗浄、脂肪溶解注射、リニアハイフとさまざまな施術を試した体験談が話題を呼んでいる。

また、TBSラジオがらみのイベントでは昭和スターへの変身体験なども企画されており、マルベル堂でのプロマイド撮影体験といったユニークな試みも展開中。エンタメ的な振り幅も大きい人なんだ。

おじさんからひとこと

ジェーン・スーという人、ひと言で表すなら「ぶれない人」じゃないかな。偽名をそのまま芸名にしちゃう豪快さ、失恋で25kgやせても腐らずにmixiで文章を書き続けた粘り強さ、会社員・音楽・コラム・ラジオと縦横無尽に活躍する柔軟性。

52年の人生を振り返って「今が一番いい」って言える人は、強いよ。おじさんも見習わないといけないね。

まあ、これだけ濃い人生を送ってきたんだから、書くことに困らないのも当然さ。次の著作も楽しみにしてるよ。じゃあまた、次のうんちくでな!