やあやあ、久しぶりだね。今日はおじさんが長年ウォッチしてきた、日本のカルチャーシーンの生き字引みたいな人物を紹介しようと思う。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ——この名前、ちょっと変わってるだろう?ロシア系みたいな響きだけど、実は生粋の東京っ子なんだよ。おじさん的に言わせれば、これほど「名前負けしない」クリエイターも珍しい。
まず基本情報から整理しよう
本名は小林一三(こばやし かずみ)、1963年1月3日生まれ、東京都渋谷区出身の63歳だ。劇作家、演出家、映画監督、音楽家、そして俳優——これだけ肩書が並ぶと普通は「どれが本業?」ってなるだろう?でもこの人、全部本気なんだよ。
演劇の世界では「ケラリーノ・サンドロヴィッチ」名義、音楽の世界では「ケラ(KERA)」名義で活動している。所属事務所はキューブ、奥さんは女優の緒川たまきさんだ。
あの名前の由来、実はこんな話がある
まあ、聞いてくれよ。この芸名の由来がまた面白くてね。
高校生の頃、彼が「虫ケラの歌」を歌っていた時に、演劇部の先輩がつけたあだ名が「ケラ」。それが出発点なんだ。劇団を立ち上げる時に「ひとまず」のつもりで名乗ったのが、そのまま60代まで続いているというわけさ。
日本大学鶴ヶ丘高等学校を経て、横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)を卒業している。
1980年代のインディーズシーンを牽引した男
彼のキャリアをざっと追ってみると、スケールの大きさに驚くぞ。
1982年にテクノポップバンド「有頂天」を結成。1986年にポニーキャニオンからメジャーデビューを果たす。同時に1983年に立ち上げたインディーズレーベル「ナゴムレコード」が、当時のサブカルチャーシーンで大きな役割を果たした。
このレーベルから輩出されたバンドが凄い。たま、筋肉少女帯、そして人生——この「人生」というバンドが後の電気グルーヴの前身なんだよ! つまり、ケラさんがいなければ電気グルーヴも違う形だったかもしれない。
その後、音楽活動と並行して演劇の世界へ。1985年に犬山イヌコ、田口トモロヲ、みのすけらと「劇団健康」を旗揚げし、1993年には現在の活動拠点となる「ナイロン100℃」を結成した。結成から30年以上、ほぼ全公演の作・演出を担当しているというのだから、これはもう芸術家としての異常な集中力だよ。
演劇界での受賞歴が半端じゃない
1999年、戯曲『フローズン・ビーチ』で第43回岸田國士戯曲賞を受賞。岸田賞といえば演劇界のアカデミー賞みたいなものだ。
その後も受賞が続く:
- 『キネマと恋人』『ヒトラー、最後の20000年』で第51回紀伊國屋演劇賞個人賞
- 『キネマと恋人』で第68回読売文学賞 戯曲・シナリオ部門賞
- 『8月の家族たち』で第24回読売演劇大賞 最優秀演出家賞
- 『百年の秘密』(再演)で第26回読売演劇大賞 最優秀作品賞・優秀演出家賞
- シス・カンパニー『桜の園』で第32回読売演劇大賞 優秀演出家賞
そして2018年11月、脚本家・演出家としての功績を認められ紫綬褒章を受章している。
テレビ・映画でもしっかり存在感
テレビファンには2006年放送の『時効警察』が有名だろう。あの独特のユーモアと不条理な世界観の脚本・監督を担当したのがケラさんだ。2007年には続編『帰ってきた時効警察』、2015年には『怪奇恋愛作戦』も手がけている。
映画は2003年公開の『1980』が初監督作品。続いて2007年の『グミ・チョコレート・パイン』、2009年の『罪とか罰とか』と続く。
音楽活動も現役バリバリ
「有頂天」は2014年に再結成され、ライブ活動や新譜リリースを継続中。2026年1月31日には渋谷クラブクアトロでニューアルバム「コボレナイ」の発売記念ワンマンライブを開催したばかりだ。
演劇では、妻・緒川たまきと共同主宰する「ケムリ研究室」が2026年3月29日から4月19日までシアタートラムほかで公演を行っている(no.5『サボテンの微笑み』)。60代に入っても創作ペースが落ちないのは、もはや驚異的だよ。
おじさん流まとめ
ケラリーノ・サンドロヴィッチという人物を一言で言い表すとしたら「日本のサブカルチャーをジャンルを越えて切り開いてきた人」ということになるかな。
1983年のナゴムレコード立ち上げから数えても、40年以上にわたって演劇・音楽・映像の世界で第一線を走り続けている。インディーズブームを牽引し、岸田賞を獲り、紫綬褒章をもらい、それでもまだ新作を作り続けている——これはね、純粋に「好きだから続けられる」人の姿なんだと思うよ。
ちなみにおじさん、彼の父親がジャズミュージシャン(ウッドベース奏者の小林巽さん)だったという話が好きでね。音楽の血は確かに受け継いでいるわけだ。体が弱くて1歳の時に医者から「長くは持たないだろう」とまで言われた子どもが、60代でこれだけの仕事をしているんだから——人生って面白いだろう?
まだ知らなかった人は、まず『時効警察』あたりから入ってみてくれよ。きっと「こんな世界観があったのか」って新鮮に感じるはずだよ。
うんちく!ナゴムレコードの「場外ホームラン」
おじさんに言わせれば、ケラさんの最大の功績のひとつはナゴムレコードかもしれない。1983年に立ち上げたこのレーベル、たま・筋肉少女帯・電気グルーヴ(前身バンド)といった、後のJ-POPやサブカルに多大な影響を与えたアーティストを次々と世に送り出した。いわば「日本のインディーズ文化のインキュベーター」だったわけだ。しかもケラさん自身、大槻ケンヂ、内田雄一郎と一緒に「空手バカボン」というバンドも組んでいたというのだから、どれだけ人脈と行動力があるんだって話だよ!