やあやあ、おじさんだよ。今日はね、日本の演劇界を語るうえで絶対に外せない人物、渡辺えりの話をしようじゃないか。
SNSを眺めていたら、ちょっと目を疑うような写真が飛び込んできた。渡辺えりが77歳と88歳の名優2人に挟まれたオフショットをアップして、ファンの間で「貴重すぎる」「素晴らしいメンバー」と大騒ぎになっているんだ。これはね、ただの記念写真じゃない。日本の舞台芸術が積み上げてきた歴史の結晶のような1枚だよ。
渡辺えりとはどんな人物か
渡辺えりは1955年1月21日、山形県山形市の生まれだ。今年で71歳になる。東北山形という土地で育ち、東京女子体育短期大学に進学後、1975年にたったの20歳で自ら劇団を旗揚げしている。その名も「劇団3○○(さんまるまる)」。以来50年以上、演出家・劇作家・女優という三足のわらじを履き続けてきたんだよ。
彼女が書いた戯曲の数は50本を超え、紀伊國屋演劇賞・読売演劇大賞・朝日舞台芸術賞など主要演劇賞を軒並み受賞している。2010年には紫綬褒章まで授かった。テレビでも「ハゲタカ」「JIN-仁-」「芸者小春の事件簿」シリーズなどに出演し、舞台とテレビを自在に往来する稀有な存在だ。
今回の3ショットが「奇跡」と言われるワケ
77歳と88歳の名優という凄み
まあ、聞いてくれよ。77歳と88歳という年齢を冷静に考えてほしいんだ。
日本の演劇・映像界でその年齢まで現役で活躍している役者というのは、本当にひと握りしかいない。昭和の映画全盛期から令和の配信時代まで生き残ってきた役者というのは、それだけで歴史の生き証人なんだよ。そこに渡辺えりが加わって3人が並んだわけだ。ファンが「貴重」と叫ぶのは当然だろう?
渡辺えりを中心にした「世代の橋渡し」
渡辺えり自身も71歳、1975年デビューだから芸歴51年という大ベテランだ。それでいて現在も新作を発表し続けているんだから恐れ入る。この3人が一堂に会するということは、1950年代から活躍する88歳の名優の時代→1970年代から活躍する渡辺えり世代→そして1980年代デビューの77歳という、日本の演芸史が一枚の写真に凝縮されているようなものだよ。
演劇界の「継承」という見えないテーマ
日本の舞台芸術が抱える課題
おじさんに言わせれば、この3ショットには「見えないテーマ」が潜んでいると思うんだよ。
日本の演劇人口について調べてみると、日本演劇興行協会の統計では2019年時点で年間入場者数は約3,200万人。これはプロ野球の約2,600万人を上回る数字なんだ。知らなかった人も多いんじゃないかい?
ただし課題もある。若い世代の観客獲得と、次世代の舞台人育成だ。77歳・88歳・71歳という顔ぶれが注目される背景には、「この世代の宝をどう継承するか」という演劇界の切実な問いもあるんじゃないかとおじさんは思うね。
渡辺えりが50年で育てたもの
渡辺えりは劇団主宰として、これまで数え切れないほどの俳優を育ててきた。「劇団3○○」の出身者には現在もテレビ・舞台で活躍している俳優が多数おり、彼女の「演劇道場」としての機能は今も続いている。
2010年の紫綬褒章受章のコメントで渡辺は「山形から出てきた女の子が、こんなに長く舞台を続けられたのは、お客さんのおかげ」と語った。50年以上のキャリアを持ちながら、「お客さんへの感謝」を忘れない姿勢が、彼女が愛され続ける理由のひとつだろう。
まとめ
ちょっと聞いてくれよ。71歳・77歳・88歳の3人の役者が笑顔でオフショットに収まっている、その事実だけで十分すごいことだと思わないか?
渡辺えりは1975年の旗揚げから数えて今年で51周年を迎える。半世紀以上、日本の舞台に立ち続けてきた人間の目に映る景色というのは、おじさんたちには想像もできないほど深いものがあるはずだよ。
今回のオフショットを見て「懐かしい再会」と感じたファンも多かったようだけど、おじさん的には「現在進行形の歴史」だと思っている。この3人が今もなお現役で活躍しているという事実が、日本の演劇界の豊かさを物語っているんだよ。
渡辺えりの次回作、要チェックだよ。おじさんも絶対に見に行くつもりさ。
おじさんの豆知識コーナー
渡辺えりの「3○○」、この名前の由来を知ってるかい?
「3○○」というのは「さんまるまる」と読むんだけど、これは設立当初の団員数「3名」から来ているという説と、「300(さんびゃく)の可能性を秘めた集団」という意味という説がある。正式には渡辺えり自身が「3人から始まった劇団」という意味を込めたと語っているよ。
劇団を旗揚げしたのは1975年、渡辺がまだ20歳のころだ。当時の小劇場ブームの波に乗り、1980年代には「現代演劇の旗手」として批評家から注目されるようになった。特に1980年代後半から1990年代にかけては、つかこうへい・野田秀樹・鴻上尚史らと並ぶ「小劇場の四天王」とも呼ばれていたんだ。
そしてもうひとつ。渡辺えりはシンガーとしての顔も持っている。2006年にはアルバム「時の過ぎゆくままに」をリリース、演劇だけに留まらない表現者としての幅の広さを見せてくれたよ。