やあやあ、久しぶりだね。今日はちょっと熱い話を持ってきたよ。
山崎賢人がNHK大河ドラマに主演するって聞いて、おじさんも思わず「おっ」ってなったわけさ。でもね、ただ「すごいね」で終わるのがうんちくおじさんじゃない。せっかくだから、ジョン万次郎という人物の底知れない面白さを、一緒に掘り下げてみようじゃないか。
山崎賢人、大河ドラマ初主演で「ジョン万次郎」を演じる
今回の大河ドラマのタイトルは『ジョン万』。山崎賢人が主人公・ジョン万次郎(本名:中浜万次郎)を演じるというわけだ。山崎賢人といえば、1994年9月7日生まれの現在31歳。映画『キングダム』シリーズで主人公・信を演じてブレイクし、アクション系の役どころでの評価が高い俳優だよ。
そして注目すべきは、このドラマが「大河史上初の2年がかりの幕末物語」として企画されている点だ。さらに面白いのが、1827年生まれの2人の人物が物語の軸になっているというところ。ジョン万次郎と、幕末の幕臣・小栗上野介が同い年というのは、なかなかドラマチックな偶然だろう?
ちなみに、高知県土佐清水市にある「ジョン万次郎資料館」では、お笑いタレントのビビる大木が名誉館長を務めていて、今回の大河決定を喜んでいるというニュースも出ていたね。ビビる大木本人は「私、大河ドラマ無関係なので」と苦笑いしていたらしいけど(笑)。
ジョン万次郎ってどんな人物だったのか
まあ、聞いてくれよ。ジョン万次郎という人物、教科書にはちらっと出てくるけど、その人生が本当にドラマチックなんだ。
14歳で漂流、アメリカへ渡った最初の日本人
中浜万次郎は1827年1月27日、土佐国(現在の高知県土佐清水市)の貧しい漁師の家に生まれた。1841年1月、14歳のとき、漁に出た船が嵐で遭難し、太平洋のど真ん中にある無人島・鳥島に漂着してしまう。
143日間の漂流生活の末、アメリカの捕鯨船「ジョン・ハウランド号」に救助され、船長のホイットフィールドに気に入られてそのままアメリカ・マサチューセッツ州フェアヘーブンへ連れて行かれることになった。これが、日本人として初めてアメリカに定住した人物の誕生というわけさ。
当時の日本は鎖国真っ只中。1635年の鎖国令以来、日本人が海外に渡ることは死罪に値する重罪だったんだ。それでも万次郎は異国の地でたくましく生き抜き、英語・数学・測量・航海術を習得。1843年には捕鯨船の副船長補佐まで務めるほどになった。
カリフォルニアのゴールドラッシュで一攫千金
ここがまた面白いんだけど、1849年のカリフォルニア・ゴールドラッシュにも万次郎は参加しているんだ。採掘で稼いだ600ドル(現代の価値でざっと100万円超相当)を元手に帰国資金を作り、1851年についに日本へ帰還する。実に10年ぶりの帰国だ。
帰国後は幕府に取り調べられながらも、英語と海外知識を買われて幕府に仕えることになった。ペリーが黒船で来航した1853年には、幕府の通訳兼アドバイザーとして活躍。さらに1860年には、日本初の遣米使節団に随行してポーハタン号で太平洋を横断している。
大河ドラマそのものにも歴史あり
せっかくだから、大河ドラマの歴史もちょっと語らせてくれ。
NHK大河ドラマの第1作は1963年放送の『花の生涯』。井伊直弼を主人公にした作品で、当時の平均視聴率は約20%を超えていた。以来60年以上にわたって毎年放送が続き、2026年時点で通算65作品に達している長寿シリーズだ。
過去の大河では、最高視聴率を記録したのが1987年放送の『独眼竜政宗』で、最高視聴率は39.7%。渡辺謙が伊達政宗を演じて一世を風靡した作品だね。
近年では動画配信の普及もあってリアルタイム視聴率は落ち着いているものの、2023年の『どうする家康』は松本潤主演で話題を集めたし、大河ドラマが日本の歴史文化を広める役割は今も変わっていない。
山崎賢人×ジョン万次郎、これは面白くなりそうだ
山崎賢人は2024〜2025年にかけても映画『キングダム 大将軍の帰還』が大ヒットし、俳優としての存在感を高めている。アクションと感情表現を両立できる彼が、荒波を乗り越えた万次郎の波乱万丈な人生をどう体現するか、おじさんは今から楽しみでたまらないよ。
幕末という時代は、ペリー来航(1853年)から明治維新(1868年)までわずか15年。この激動の時代を、漂流少年から幕府通訳官へと成長したジョン万次郎の目を通して描く物語は、きっとスケールの大きい作品になるはずだ。
小栗上野介との同い年という設定を絡めた2年がかりのドラマ構成も、従来の大河にはなかった試みで興味深い。小栗上野介は幕府の勘定奉行として近代化を推進した人物で、1868年に新政府軍に斬首された悲劇の幕臣だよ。同じ年に生まれた2人が、時代の波にもまれながらどう交差するのか、脚本の構成力が問われる作品になりそうだね。
まあ、おじさんとしては「ジョン万次郎ってそんな人だったんだ」と若い人たちに知ってもらえるだけで十分嬉しいんだけどさ。歴史って、こうやって映像作品を通して身近になっていくものだから。
さあ、放送が始まったらちゃんと観るんだぞ!
うんちくおじさんの豆知識コーナー
おじさんに言わせれば、ジョン万次郎の最大の功績は「英和辞書」かもしれないよ。
万次郎は1860年代に日本初の英会話教科書『英米対話捷径(えいべいたいわしょうけい)』を著したんだ。これが当時の日本人に英語を教える最初期の教材のひとつになった。
それだけじゃない。「ボート」「ポンプ」「コンパス」など、今でも使われている外来語の多くが万次郎を通じて日本に入ってきたと言われている。現代日本語のカタカナ語の源流のひとつが、14歳で漂流した土佐の漁師の息子だったとはね。
さらに、万次郎が学んだマサチューセッツ州フェアヘーブンの学校(バートレット・スクール)は現在も存在し、市内にはジョン万次郎の銅像が立っている。アメリカの地方都市に日本人の銅像があるというのも、なかなか粋な話じゃないか。