やあやあ、久しぶりだね。今日はおじさんが大好きなタレント、高田純次さんについてたっぷり語らせてもらうよ。最近また「徹子&純次&良純の世界衝撃映像の会」なんていう番組が話題になってるじゃないか。畑芽育、井森美幸、劇団ひとり、横澤夏子という豪華ゲスト陣を揃えてね。純次さん、相変わらずだよまったく!
「テキトー男」の79年間、実はすごい人生なんだよ
高田純次さんといえば「テキトー」「無責任」「Mr.適当」なんて愛称で知られてるけどね、実はこの人の人生、テキトーどころかものすごく波瀾万丈なんだ。
1947年1月21日、東京都北多摩郡調布町(現・調布市)生まれ。今年2026年でなんと79歳だよ。2026年1月21日にはテレビ朝日「じゅん散歩」の生放送で誕生日を祝ってもらって、「79歳っていったらもうあと生きて30年がいっぱいいっぱいですよね」なんてテキトーなこと言って笑わせてたよね。
実は大学受験に8回失敗した男
ここからが面白いんだよ、まあ聞いてくれよ。高田さん、小中学校時代は「神童」と呼ばれた優秀な子どもだったんだ。中学では学年常時10位以内、絵の展覧会でも何度も入賞する多才な少年だった。
ところが大学受験で躓く。まず中央大学・明治大学・青山学院大学・法政大学を受けるも全滅。1年浪人して今度は美術系に転向、東京藝術大学・武蔵野美術大学・多摩美術大学・日本大学芸術学部を受験するも、これまた全滅。都合8校に落ちたわけだ。
結局、東京デザイナー学院のグラフィックデザイン科に進学することになる。でもね、ここで諦めないのが純次さんのすごいとこだよ。
芸能界入りは「パンフレットのお手伝い」がきっかけ
専門学校を出た後、写真会社でアルバイトをしていた純次さん。仕事仲間に頼まれて舞台のパンフレットを描いたことがきっかけで、1971年に自由劇場の公演「マクベス」を観て衝撃を受けるんだ。
自由劇場っていうのは、串田和美や吉田日出子らが1966年に結成したアンダーグラウンド劇団でね、当時の演劇界では先鋭的な存在だった。その養成所に1期生として入所した仲間には、柄本明さん、ベンガルさん、イッセー尾形さんという後の大物たちがいたんだから驚きだよ。
「5時から男」で大ブレイク、でも32歳まで無名だった
テレビデビューが32歳の時で、最初の出演番組は「笑点」だったという事実は意外に知られていないんじゃないかな。その後、1981年頃から「笑ってる場合ですよ!」でテレビレギュラーとなり、1985年1月放送の『毎度おさわがせします』(TBS)で木村一八演じる主人公の担任教師役でドラマにも進出した。
決定的な転機は1985年4月スタートのビートたけし冠番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』だ。この番組に1996年10月の終了まで実に11年間レギュラー出演し、「5時から男」のキャラクターで全国区の人気タレントになったんだよ。
「じゅん散歩」10年超のロングラン!2025年には母校に絵を寄贈
現在もっともおじさんが注目しているのが、2015年9月からテレビ朝日で放送中の「じゅん散歩」(月〜金曜 午前9時55分)だよ。2026年で放送開始から10年以上が経過した長寿番組だ。
2026年1月21日の79歳誕生日放送回では、故郷・調布市国領町を歩く「ふるさと散歩」を敢行。小中学生時代の同級生・堀江春洋さんが経営する不動産会社を「また来ちゃったよ」と毎年訪問するのがお約束になっていてね、地元密着の温かい人柄が滲み出ているよ。
さらに感動的なエピソードがある。2025年に母校・調布市立第二小学校が開校80周年を迎えたことを記念して、高田さんは得意の絵を寄贈したんだ。裸足の子どもが芝生の校庭を走る絵で、タイトルは「はじける若さ」。「小学校の校庭が芝生だってことを言いたかった」という理由がまた純次さんらしいじゃないか。
今注目の「徹子&純次&良純」コラボ企画
最近話題になっているのが、黒柳徹子さん・高田純次さん・石川良純さんの三人が共演する特番「徹子&純次&良純の世界衝撃映像の会」だよ。畑芽育、井森美幸、劇団ひとり、横澤夏子というバラエティ豊かなゲスト陣が集まってね、黒柳さんがテレビドラマのロケ中に起きた「NGになりましたけど」という衝撃エピソードを披露したりと、世代を超えたベテランたちの化学反応が見どころになっているよ。
黒柳徹子さんは1953年のテレビ放送開始から活躍する大ベテランで、高田さんも1971年から芸能活動を続けているから、二人合わせれば100年近いキャリアになるんだから、これはもう「生きた昭和・平成・令和の歴史」だよね。
まとめ:テキトーの裏に半世紀の積み重ね
高田純次さんのこと、「テキトー」「無責任」って笑って見てる人も多いと思うけどね、おじさんから言わせれば、あのキャラクターは50年以上の芸能生活の中で磨き上げられた「職人芸」なんだよ。
8回の大学受験失敗、30代まで無名で生活のために何でもやった下積み、そして32歳でのテレビデビューから79歳の今もテレビの第一線で笑いを届け続ける——それを「テキトー」の一言で片付けちゃうのが、また純次さんらしいんだけどね。
さあ、次に「じゅん散歩」を見る時は、このうんちくを思い出しながら純次さんを眺めてみてくれよ。きっとまた違った味わいがあるはずだよ。じゃあね!
おじさんの豆知識コーナー:「5時から男」の意味、知ってたかい?
「5時から男」というキャッチフレーズ、仕事終わりの午後5時から輝き始める遊び人気質のことを指してるんだけどね、おじさんに言わせれば、これって昭和のサラリーマン文化そのものを象徴してるんだよ。
高田さんが売れ始めた1980年代は、日本がバブル景気に向かって突き進んでいた時代。1985年といえばプラザ合意が結ばれた年で、円高不況の後に空前の好景気が訪れる直前だった。「仕事が終わったら遊ぶぞ」という気分が日本中に漲っていたその時代に「5時から男」というキャラクターがぴったりはまったわけだ。
ちなみに高田さん、芸能界入り前は「警察に捕まるようなこと以外の職は一通りやった」と自ら語るほど様々なアルバイトを経験している。宝石会社「トキモト」(御徒町)でジュエリーデザイナーと営業を掛け持ちしていた時期もあるんだよ。そんな苦労人だからこそ、あの庶民的で親しみやすいキャラクターが生まれたんじゃないかな。