やあやあ、久しぶりに熱くなれる話題が来たよ。
今、サッカー界隈でこんな記事が話題になっているんだ。「中田英寿の衝撃は誰も超えられない」ってやつさ。欧州4大リーグ(イングランド・スペイン・ドイツ・イタリア)で頂点に立った日本人選手を特集した記事で、三笘薫や遠藤航、冨安健洋といった現代の日本人スター選手たちを並べても、結局「ヒデの衝撃には届かない」という結論になるんだよ。
まあ、聞いてくれよ。おじさんはこの話、すごく共感してしまったんだ。
中田英寿という男、基本スペックから語ろう
中田英寿は1977年1月22日、山梨県甲府市生まれ。ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)でJリーグデビューを飾り、1997年にはセリエAのペルージャCFCへの移籍が決定した。
当時のセリエAといえば、世界最高峰のリーグだよ。ロナウド、ジダン、デル・ピエロが当たり前のように闊歩している舞台だ。そこへ日本人が乗り込んでいった。
1998年9月13日、ペルージャでのセリエAデビュー戦——相手はなんと名門ユベントス。この試合でいきなりゴールを決めてしまったんだから、世界が「日本に本物が来た」と振り向いたのも当然だろう。
その後、ASローマへ移籍した中田は2000-01シーズンのセリエA優勝を経験する。監督はファビオ・カペッロ、チームメイトはフランチェスコ・トッティやガブリエル・バティストゥータ。そんな最強軍団の一員として、日本人として初めてセリエAのスクデット(優勝盾)を手にした男なんだ。
パルマではコッパ・イタリアの優勝も経験し、ボルトン・ワンダラーズではプレミアリーグにも挑戦。通算セリエA出場数は246試合を超え、キャリア全体を通じて欧州各国を股にかけた選手生活を送った。
おじさんが語る「ヒデが特別な3つの理由」
理由①:1998年のタイミングが「奇跡的」だった
中田がペルージャに移籍した1998年は、日本がワールドカップに初出場した年でもある(フランス大会)。
当時、アジアの選手がセリエAで活躍するなんて、欧州の人間にとってはほとんど想像の外だったんだ。ACミランがライバルのインテルを「インテル・ナツィオナーレ・ミラノ」と呼んでいたくらい、セリエAはイタリア人以外に対して閉鎖的な空気もあった時代だよ。
そこで結果を出したんだから、インパクトが違う。今の日本人選手はすでに「日本人はやれる」という認識があった上でのチャレンジだが、ヒデは「そもそも疑われていた時代」に扉を開けた男なんだ。
理由②:29歳でのドラマチックな引退
2006年ワールドカップ(ドイツ大会)で日本代表はグループステージで敗退。最終戦のブラジル戦(1対4で敗戦)直後、中田英寿はただひとりピッチに倒れ込んで動かなかった。
その映像は世界中に配信され、「日本サッカーが本気で世界を目指した証」として語り継がれている。引退発表は同年7月3日。まだ29歳だった。
普通の選手なら全盛期のはずの年齢で、静かにスパイクを脱いだんだ。
理由③:引退後も「文化の人」として一流
これ、サッカーファン以外は知らない人も多いんだが——中田英寿は引退後、日本酒の世界的普及活動「SAKE」のプロデュースを10年以上続けている。
世界100カ国以上を旅して各地の文化と食を体験し、日本の伝統文化を海外に発信する活動家として、今も最前線にいる。ワールドカップで頂点を目指した男が、今度は日本文化を世界に届けようとしているんだから、一本筋が通っているよ。
現代の日本人選手と比べてどうなのか
三笘薫は2022-23シーズン、ブライトン&ホーヴ・アルビオンで7ゴール7アシストを記録してプレミアリーグを席巻した。遠藤航はリバプールのボランチとして2023-24シーズンから不動の地位を築いている。
これは本当にすごいことだよ。おじさんも心から誇りに思う。
ただし「衝撃の大きさ」でいえば、やっぱりヒデの時代とは文脈が違う。今は「日本人はできる」という前提があっての挑戦だから。
中田英寿は「前提」を作った男なんだ。その前提があるから、今の選手たちが欧州で認められやすくなっている。
まとめ:伝説は数字だけじゃない
セリエA246試合超、スクデット獲得、コッパ・イタリア優勝、ワールドカップ3大会連続出場(1998年・2002年・2006年)。
数字で語れる部分もあるけど、中田英寿の本当の「衝撃」は、日本人がまったく評価されていなかった時代に、実力だけで欧州の扉をこじ開けたことにある。
おじさんに言わせれば、「衝撃の大きさ」とは時代背景を込みで計るものだよ。現代の日本人選手が頑張れるのは、ヒデが1998年に作った「信頼」という名の土台の上に立っているからこそなんだ。
今の三笘や遠藤の活躍を見ながら、たまにはヒデのことも思い出してやってくれよ。あの男がいなければ、今のシーンはまったく違っていたんだから。
じゃあまた、うんちく話で会おう!
おじさんのうんちくコーナー📚
「スクデット」ってどんな意味か、知ってたかい?
セリエA優勝チームに与えられる「スクデット(Scudetto)」は、イタリア語で「小さな盾」という意味だよ。
優勝チームは翌シーズン、ユニフォームの胸に小さなイタリア国旗をあしらったエンブレムを付ける権利を得るんだ。1898年の第1回大会から続く伝統で、このエンブレムを何個持っているかがイタリアでは「名門の証」とされている。
ちなみに最多はユベントスで36回(2024年時点)。インテルは20回、ACミランは19回だ。中田英寿が在籍したASローマは3回しか持っていない「希少なスクデット」のひとつで、2000-01シーズンの優勝は実に18年ぶりのことだったんだよ。だからこそ、そのシーズンのローマの優勝は特別な意味を持つし、ヒデが関わった歴史的な出来事でもあるわけさ。