やあやあ、久しぶりに熱い話題が飛び込んできたよ。今日は「沖縄」の話をしようじゃないか。

おじさんね、沖縄って聞くとまず思い浮かべるのは海でも泡盛でもなくて、「交易」なんだよ。なぜかって?ちょっと聞いてくれよ、これが面白い話でさ。

沖縄大交易会2026、舞台を沖縄アリーナに拡大

2026年、沖縄で「沖縄大交易会2026」が開催されることが正式に決まった。今年の注目ポイントは会場が沖縄アリーナに変更になったことだよ。

沖縄アリーナといえば、2021年に完成した収容人員最大約1万人の多目的アリーナで、那覇市から少し北の沖縄市(旧コザ)に位置する。BリーグのRyukyu Golden Kingsのホームとしても知られているね。

今回の大交易会は460社の参加を目標に掲げていて、成約と商談の拡大を狙っている。県内外の特産品が集まる食品の国際商談会として、沖縄の産品を世界にアピールする絶好の機会というわけだ。

この大交易会、実は2004年にスタートした歴史ある商談会でね、沖縄の地理的優位性を活かしてアジア太平洋地域との経済的なつながりを強化しようという狙いがある。2024年大会では300社以上が参加し、成約額が数十億円規模に達したとも報告されているんだ。

沖縄の「交易」は600年前から続いている

ここでおじさんが言いたいのはね、沖縄の交易好きって実は600年以上の歴史があるってことだよ。

琉球王国は「万国津梁」を掲げた海洋交易国家だった

15世紀から16世紀にかけて栄えた琉球王国は、「万国津梁(ばんこくしんりょう)」つまり「世界の架け橋」を国是として掲げていた。1458年に鋳造された首里城の「万国津梁の鐘」にはその理念が刻まれていて、今も沖縄県立博物館・美術館に所蔵されている。

当時の琉球は中国(明朝)・日本・朝鮮・東南アジア各国と積極的に貿易を行い、1400年代から1500年代初頭にかけての約100年間で東南アジア15カ国以上との交易記録が残っている。マラッカ(現マレーシア)、シャム(現タイ)、ジャワ(現インドネシア)といった遠方にも琉球船は出かけていったんだよ。

那覇港は東アジア屈指の中継貿易港だった

那覇の「泊港」周辺には「唐営(とうえい)」と呼ばれる中国商人の居留地があり、当時の那覇は東アジアの一大物流ハブだった。中国産の陶磁器・絹織物を仕入れ、日本産の刀剣・漆器・硫黄と東南アジアの香辛料・蘇木(染料)を組み合わせて各地に売りさばく、今でいうトレーディングカンパニーの役割を担っていたわけだ。

この繁栄は1609年に薩摩藩(鹿児島)が琉球に侵攻したことで大きく変わるんだが、それはまた別の話として取っておこう。

おじさんの豆知識コーナー:沖縄の特産品「島胡椒」は中世貿易品だった

まあ、これを聞いてくれよ。沖縄の特産品として知られるヒハツモドキ(島こしょう)、地元では「ピパーツ」とか「ヒバーチ」と呼ばれているんだが、実はこれが琉球王国時代の交易品そのものなんだよ。

原産地はインドネシアのジャワ島周辺で、琉球船が東南アジア交易の中で持ち帰ったとされている。沖縄では現在も沖縄そばや山羊料理の薬味として使われていて、その歴史は500年以上。

2024年の農林水産省の統計によると、ヒハツモドキの国内生産量の約95%が沖縄県産。一般のスーパーではほぼ見かけない希少スパイスだが、那覇の「牧志公設市場」や沖縄市の「コザ商店街」では普通に売っている。沖縄大交易会でも近年注目度が上がっているスパイスのひとつだよ。

現代沖縄の経済と「交易拠点」構想

さて、現代に話を戻そう。沖縄県は2022年に策定した「新・沖縄21世紀ビジョン基本計画」の中で、沖縄をアジアの交流・交易拠点として発展させる方針を明確に打ち出している。

地理的に見ると、那覇空港から東京(羽田)まで約2時間、上海まで約1時間30分、台北まで約1時間、香港まで約2時間という好立地だ。東アジアの主要都市を2時間圏内に収めているこの位置は、物流・ビジネスの観点から非常に有利なんだよ。

2023年度の沖縄県の農林水産物・食品の輸出額は約72億円で、輸出先はアジア・北米・欧州と多岐にわたる。泡盛・もずく・ゴーヤー・マンゴーといった沖縄ブランドの食品は、台湾や香港でも高い人気を誇っている。

沖縄アリーナが会場になった意味

今回の大交易会の会場が沖縄アリーナに変更されたのには、単なるキャパシティの問題だけじゃない意味がある。沖縄アリーナのある沖縄市は、戦後に米軍基地(嘉手納基地)周辺で発展したコザ地区を抱える街で、アメリカ文化と沖縄文化が混交したユニークな商業文化が根付いている。

1971年に起きた「コザ暴動」から半世紀以上が経ち、今や国際的なスポーツ・エンターテインメント施設として生まれ変わったこのアリーナが、460社もの国際商談の舞台になるというのは、おじさん的にはなかなか感慨深いものがあるよ。

まとめ:沖縄の交易魂は今も現役だ

600年前に琉球船が東南アジアを駆け回り、アジアの架け橋として栄えた沖縄。薩摩の侵攻や太平洋戦争を経ても、その交易の精神はDNAレベルで受け継がれているとおじさんは思うんだよ。

2026年の沖縄大交易会が460社参加という目標を達成して、また新しい「万国津梁」の一ページを刻んでくれることを期待しているよ。

次に沖縄に行くことがあったら、青い海や美味しい食べ物を楽しみながら、ぜひこの島が持つ「交易の歴史」も少し思い出してくれ。きっと沖縄がもっと面白く見えてくるはずだから。

じゃあ、またうんちく話で会おうじゃないか!