やあやあ、うんちくおじさんだよ。今日はね、大相撲ファンなら思わず「へえ!」と唸るような話を持ってきたよ。トレンドになってる「大嶽」ってのは、相撲の世界に長い歴史を持つ相撲部屋の名前なんだ。ちょっと掘り下げてみると、これがなかなか面白いんだよ。

大嶽部屋って何者だ?

大嶽部屋(おおたけべや)は東京都江東区清澄2-8-3に本拠地を置く相撲部屋だ。現在の看板力士は王鵬幸之介(西前頭三枚目)で、令和8年(2026年)5月の夏場所(5月10日〜24日)でも土俵に上がっている。

でも、この部屋の本当の価値を理解するためには、昭和の大横綱・大鵬まで遡らないといけないんだよ。

大鵬が生み出した「伝説の部屋」の歴史

本名・納谷幸喜(なやこうき)、1940年に旧樺太(現サハリン)生まれのこの大横綱は、現役中に幕内最高優勝32回という前人未到の記録を打ち立てた力士だ。1969年、優勝30回を達成した時点で、一代年寄「大鵬」の称号が特別に贈られた。これはね、現役中に授与される極めて稀な名誉なんだよ。1971年5月場所限りで現役を引退した大鵬は、同年12月に二所ノ関部屋から独立し「大鵬部屋」を創設した。

波乱万丈!部屋の歴史年表

大鵬部屋から大嶽部屋への変遷を見てみると、これがなかなかドラマチックなんだ:

  • 2004年:大鵬の三女と結婚・婿入りしていた元貴闘力が部屋を継承。「大鵬部屋」から「大嶽部屋」に改名(16代大嶽)
  • 2005年5月:大鵬本人が日本相撲協会を定年退職
  • 2010年7月:元貴闘力が野球賭博問題で解雇。元十両・大竜(本名:佐藤忠博、1960年9月30日生まれ、大阪府出身)が急遽継承(17代大嶽)
  • 2013年1月:大鵬、死去
  • 2018年1月:大鵬の孫・王鵬幸之介が初土俵
  • 2025年9月29日:元大竜の定年退職に伴い、元幕内・玉飛鳥(18代大嶽)が継承

消滅寸前!大嶽部屋存続のドラマ

まあ、聞いてくれよ。実はこの部屋、消えてなくなる寸前だったんだよ。

元大竜が65歳の定年を迎えるにあたって、後継者が見つからない状態が続いていた。大嶽部屋には部屋付きの親方も不在で、約2年前から大鵬の娘たちや後援会と繰り返し話し合いを持った結果、「阿武松部屋に合併する」という方向でほぼ話がまとまっていたんだ。

だが2025年3月、潮目が変わった。元大竜が大鵬部屋時代からの後援者と会食した際、ある思いが心に刺さった。「大鵬親方から部屋を任されたのは、次につなげてくれという思いを託されたから。それなのに、私が部屋をつぶしてしまっていいのか」——この言葉をきっかけに継承者探しへ舵を切り直した。

二所ノ関一門の理事にも相談し、白羽の矢が立ったのが元幕内・玉飛鳥(本名:高橋大輔、1983年1月26日生まれ、愛知県出身)だったわけだ。元玉飛鳥は現役時代、580勝569敗29休という戦歴を残し、最高位は前頭九枚目。2025年9月29日付けで18代大嶽を正式に襲名し、42歳で大嶽部屋の師匠に就任した。

うんちくおじさんの豆知識コーナー

大鵬はハーフ力士だった!そして孫が今も土俵に立っている!

大鵬(本名・納谷幸喜)は旧樺太生まれで、父親がウクライナ系の白系ロシア人だったんだよ。つまり大鵬は日本人とウクライナ人のハーフで、日本国籍を取得して相撲界に入ったんだ。身長187cm・体重153kgという大柄な体格で、「柏鵬時代」と呼ばれた柏戸とのライバル関係も有名だね。幕内最高優勝32回のほか、6場所連続優勝を2度達成するなど、文字通り「昭和の怪物」だった。

そして面白いのはね、大嶽部屋に今も大鵬のDNAを文字通り受け継ぐ力士がいるってこと。王鵬幸之介(西前頭三枚目)が大鵬の孫なんだ。2018年1月に初土俵を踏み、着実に番付を上げて現在は幕内の一角で存在感を放っている。祖父・大鵬が「大鵬部屋」を創設してから半世紀以上が経ち、その孫が同じ部屋から横綱を目指して土俵に立つ——なかなかロマンのある話だろう?

放送デビューで「角界隠語」を言いかけた新師匠!

ちょっと聞いてくれよ、こんな話もあってね。

大嶽親方(元玉飛鳥)が大相撲中継で解説デビューした際、放送禁止の「角界隠語」を使いかけて注意されたというニュースが話題になったんだ。相撲界には独特の隠語があって、長年力士として部屋生活を送ってきた元玉飛鳥には当たり前に使う言葉でも、放送の世界では使えないものがある。デイリースポーツの報道によると、元玉飛鳥は笑顔がトレードマークの親しみやすいキャラクターで、先輩力士への思い出や大鵬さんの孫・王鵬への思いも語っていたという。師匠としてだけでなく、メディアでも個性を発揮しているようだよ。

まとめ:受け継がれる「大鵬の精神」

どうだい、大嶽部屋ひとつとっても、これだけのドラマが詰まってるんだよ。

1971年に大鵬が創設してから55年以上。師匠は変わり、名前も変わったけれど、「大鵬道場」の看板は今も大嶽部屋に掲げられ続けている。18代大嶽親方(元玉飛鳥)は「強い力士だけでなく、人としても皆様から愛されるような力士を育てたい」と語っているよ。

阿武松部屋への合併で消えかけた部屋が存続し、大鵬の孫が土俵に立ち、新しい師匠がメディアでも奮闘している——おじさんはね、こういう「伝統を守ろうとする人たちの意志」みたいなものに、すごく心を動かされるんだよ。

夏場所のテレビ中継を見る時には、ぜひこの豆知識を思い出して大嶽部屋の力士たちに注目してみてくれよな!