やあやあ、おじさんだよ。今日はね、ちょっと熱い話をしようじゃないか。元プロボクサーの畑山隆則さんの話だ。
畑山隆則とは何者か?まずは数字で見てみよう
畑山隆則さんは1975年7月28日生まれ、青森県青森市出身。身長172.5cm、体重67kg(現役時)、血液型はA型だ。一見すると普通の体格に見えるかもしれないが、この男がボクシング界でやったことは、とても「普通」じゃなかった。
1993年6月にプロデビューし、なんと11連続KO勝ち——これは史上3番目という記録なんだ——を含む23戦無敗という驚異的なキャリアを積み上げたんだよ。
そして——
- 1998年9月:WBA世界スーパーフェザー級タイトル獲得(23歳)
- 2000年6月:WBA世界ライト級タイトル獲得(2階級制覇達成)
プロ通算戦績は29戦24勝(19KO)2敗3分。日本人として4人目となる世界2階級制覇の快挙を成し遂げた男だ。
野球少年がボクシング王者になるまで
まあ、聞いてくれよ——畑山さんのキャリアで一番面白いのは「ボクサーになる前」の話だよ。
この人、もともとは野球選手を目指していたんだ。青森では「青森甲子園」とも呼ばれた「青森市児童親善野球大会」にも出場した実力派で、中学時代にはすでに130km/hのストレートを投げるエースピッチャーだったというから驚きだ。
高校は野球の強豪・青森山田高校に野球推薦で入学した。しかし、先輩がエラーして転がったボールを拾いに行くよう言われたとき、「自分がエラーしたんだから自分で拾え」と言い返したのが問題になり野球部を退部。その後、荒れた生活を送っていた高校2年の頃、テレビでボクシングの世界王座獲得の試合を観たのが運命の分岐点となった。高校を中退して上京し、ボクシングの道へ転身したんだ。
一度の引退と電撃復帰——男の意地
1999年7月、世界スーパーフェザー級王者としての防衛戦を経て、畑山さんはわずか23歳で1度目の引退を宣言した。「もうやり切った」という気持ちだったそうだ。
しかしだ——2000年1月に現役復帰を電撃宣言。そして同年6月、WBA世界ライト級タイトルマッチに挑み、見事に2階級制覇を達成した。引退からわずか半年での世界王座奪取という離れ業だよ。この根性と執念、おじさん的にはたまらなくカッコいいんだ。
引退後の活躍——タレント・実業家・YouTuber
ライト級王座を失った後、畑山さんは完全引退を決断。そこからがまたすごい。
現役時代からすでにテレビに積極出演していた畑山さんは、NHK「トップランナー」「鶴瓶の家族に乾杯」、TBS「ガチンコ!」、フジテレビ「ジャンクスポーツ」「笑っていいとも!」、日本テレビ「笑ってこらえて」「ダウンタウンDX」など、主要キー局すべてに出演した。
特に話題になったのはTBS「ガチンコ!」の人気シリーズ「ファイトクラブ」への出演だ。ここで共演した元WBA世界ミドル級王者・竹原慎二さんとは今でも強い絆で結ばれている。
現在は竹原慎二さんと共同で「竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジム」を経営し、代表を務めている。さらに竹原さんとYouTubeチャンネルも運営しており、ボクシング解説やトーク動画を継続発信中だ。
飲食・事業面でも、尾道ラーメン「麺一筋」や「和シーハーズ」など複数の事業を展開している。まさにマルチプレイヤーだよ。
青森が誇る4つの栄誉賞
おじさん的に、「地元への貢献」って話はグッとくるんだよ。
畑山さんは出身地・青森県から4つの栄誉賞を受賞している——青森県褒賞、青森県民栄誉賞、青森県市民栄誉賞、青森県スポーツ特別栄誉賞だ。野球王国・青森から生まれ、ボクシングで日本人4人目の2階級制覇を達成した男に、地元が最大の敬意を払っているわけだ。
まとめ——どんな道でも、志があれば輝ける
どうだい?畑山隆則さんって、ただのボクサーじゃないだろう?
野球少年が高校を中退してボクシングへ転身し、デビューから23戦無敗で世界王者に。一度は23歳で引退しても半年で復帰してもう一つの世界王座を獲得。引退後はタレント・実業家・ジム経営者・YouTuberとして現役を続けている。
おじさんに言わせれば——「本物の根性を持った人間は、どの舞台に立っても必ず爪痕を残す」ってことだよ。
50歳が目前に迫る今も精力的に活動を続ける畑山さんの次の動きに、おじさんは目が離せないんだ。また面白い話を持ってくるよ。じゃあな!
うんちくおじさんの豆知識コーナー
「2階級制覇」ってどれだけすごいことか、分かるかい?
ボクシングには17の体重階級があって、各階級に複数の世界王者がいる(WBA・WBC・IBF・WBOなど)。体重制限が非常に厳しく、たとえばスーパーフェザー級の上限は59.0kg、その一つ上のライト級の上限は61.2kg。たった2.2kgの差だが、この壁を越えて別階級の世界チャンピオンになれる選手は世界に本当にわずかしかいない。
畑山さんの場合、1998年に初戴冠したWBAスーパーフェザー級王座を手にしたとき、彼はわずか23歳だった。一度は引退を宣言したが翌2000年に復帰、ライト級でも世界王座を掌中に収めた。これが日本人として4人目の快挙だよ。
さらにKO率に注目してくれよ。19KO÷24勝 ≒ 約79% というのは恐ろしく高い数字だ。一般的にKO率50%を超えると「パンチャー」と呼ばれるボクシング界で、79%はエリート中のエリートだよ。