やあやあ、みんな!今日はちょっと聞いてくれよ、おじさんが感慨深い話をするぞ。
先日ね、82歳になった関口宏さんの近影がネット上で大きな話題になったんだよ。「テレビ史と共に生きてきたレジェンド」「まだまだお若い!」なんて温かい声がたくさん上がってね。おじさん、これを見てちょっとしみじみしちゃったわけだ。
TBSの人気番組「サンデーモーニング」(通称・サンモニ)を勇退してから、もう2年が経つんだよ。長い間ブラウン管——今はデジタルの時代だけどね——の向こうから茶の間に語りかけてきた人物だから、その近影一枚で視聴者の心を動かすというのが、関口宏という人の凄みだよ。
関口宏って、どんな人物なんだい?
関口宏さんは1944年(昭和19年)8月11日、東京都生まれ。1961年に俳優として芸能界にデビューし、やがてテレビの司会者・タレントとして頭角を現していった。
そして彼を語る上で絶対に外せないのが、1987年10月4日に放送がスタートしたTBS系「サンデーモーニング」だ。毎週日曜の朝に放送されるこの報道情報番組を、関口宏さんはなんと約36年にわたって司会し続けたんだよ。これは日本のテレビ史でも屈指の長寿司会記録だね。
2024年に勇退を発表した際には大きな反響を呼んだよ。「視聴率男」という異名は伊達じゃないよ。関口宏さんが司会を担当した番組が軒並み高視聴率を記録したことから生まれたニックネームで、サンモニは最盛期に関東地区で視聴率20%超えを記録したこともあるんだ。日曜の午前という時間帯でこの数字は、本当に驚異的だよ。
おじさんに言わせれば、関口宏家は芸能界の名門なんだよ
父親は昭和映画界のスター・佐野周二
まずこれを知らない若い人は多いんじゃないかな。関口宏さんの父親は、昭和を代表する映画俳優・佐野周二(1912〜1978年)さんなんだよ。
佐野周二さんといえば、松竹映画の看板スターで、戦前から戦後にかけて数多くの名作に出演した名優だ。二枚目俳優として知られ、長年にわたって映画界をリードした人物だよ。その息子が関口宏さんというわけで、まさに芸能界の名門一家なんだよ。
奥さんは「コーヒールンバ」の西田佐知子
さらにすごいのが、関口宏さんの奥さまだよ。1969年に結婚したのが、歌手の西田佐知子さん。彼女は「コーヒールンバ」(1961年)や「アカシアの雨がやむとき」(1960年)の大ヒットで知られる昭和の人気歌手だ。
つまり関口家は、父・佐野周二(映画俳優)、妻・西田佐知子(歌手)、そして息子・関口知宏(俳優・タレント、1972年9月生まれ)という、三世代にわたる芸能一家なんだよ。これはなかなかすごい話だよ。
82歳の近影が物語るもの
2024年の勇退から約2年。82歳になった関口宏さんの近影がSNSで拡散されると、「まだまだお若い!」「テレビ史のレジェンドだ」という声が次々と上がったんだよ。
これはね、単純に「元気そうでよかった」という話じゃないんだよ。おじさんに言わせれば、関口宏さんの存在は1960年代から2020年代まで、60年以上にわたってテレビの歴史と同期してきたということなんだよ。白黒テレビの時代からカラー放送、ハイビジョン、地デジへ——そのすべてを体験してきたテレビ人だよ。
芸能界の名門に生まれ、昭和・平成・令和を現役で駆け抜けた。そんな人物が82歳でも元気な姿を見せてくれるというのは、テレビが好きな世代にとって素直に嬉しいニュースだよね。
まとめ——テレビが育てた男、関口宏
まあ、今日はちょっと長くなったけど、関口宏さんの話をどうしてもしたくてね。
1944年東京生まれ、映画俳優・佐野周二を父に持ち、歌手・西田佐知子を妻に迎えた芸能名門一家の当主。そして「サンデーモーニング」を36年間にわたって司会し続けた「視聴率男」——どれをとっても、昭和・平成・令和を生き抜いたテレビ界のレジェンドだよ。
君も今度、ご両親やおじいちゃんおばあちゃんと「サンモニ、懐かしいね」なんて話のネタにしてみてよ。案外その裏側には、こんな豊かな芸能史があったりするもんだよ。
おじさんは今日も、テレビ史の面白さを伝えたくて仕方ないんだよ——じゃあ、また次回ね!
うんちくおじさんの豆知識コーナー
「サンデーモーニング」の36年間——テレビが世論を動かした時代の証人
おじさんがとくに興味深いと思うのはね、「サンデーモーニング」が1987年10月のスタートから一貫して「報道+スポーツ+社会批評」という構成を守り続けてきたことだよ。単なるワイドショーではなく、コメンテーターが政治・経済・スポーツを真剣に論じる場として定着した。
特に「週刊御意見番」コーナーで張本勲さんが繰り出す「喝!」と「あっぱれ!」は社会現象になったよね。このコーナーが始まったのは1995年で、それから実に長年にわたって日曜の朝の風物詩になったんだよ。
関口宏さんが36年間この番組を仕切り続けたというのは、単に「長く続けた」というだけじゃなくて、昭和62年から令和6年まで——バブル景気、阪神淡路大震災、9.11、東日本大震災、コロナ禍——あらゆる時代の節目を日曜朝に視聴者と共に過ごしてきたということなんだよ。これはテレビ史における生き証人だよ。