やあやあ、うんちくおじさんだよ。今日はちょっと聞いてくれよ。
テレビ朝日で放送された「歌うランキングSHOW」第6弾が話題になっているよ。山口百恵の息子・三浦祐太朗が母親の名曲を熱唱する感動企画や、山口百恵・杏里・中森明菜といった昭和を代表するアーティストたちの特別コラボが満載だったんだ。草刈正雄も存在感抜群で登場し、世代を超えた昭和音楽ファンが大いに沸いたよ。
その中でもおじさんが特に注目してほしいのが「杏里」だよ。彼女の名前がこうして令和の時代にも輝き続けているのには、ちゃんとした理由があるんだ。
杏里——15歳でデビューした天才少女
杏里、本名・伊藤由紀子。1963年6月17日、神奈川県横浜市生まれ。1978年に「オリビアを聴きながら」でデビューしたとき、なんとまだ15歳だったんだよ!
この「オリビアを聴きながら」というタイトルに登場する「オリビア」とは、イギリス出身のポップスター、オリビア・ニュートン=ジョンのことだよ。当時の日本の10代の少女たちが洋楽に憧れていた時代の空気感を、そのままパッケージした曲なんだ。
この曲はシンガーソングライターの尾崎亜美が作詞・作曲を手がけたんだが、フィリーソウルやAOR(Adult Oriented Rock)の影響を受けた当時の日本では先進的なサウンドで、後のシティポップブームをある意味先取りしていた、と言っても過言じゃないよ。
「CAT’S EYE」で頂点へ——1983年の快進撃
おじさんに言わせれば、杏里の音楽キャリアの頂点は1983年に訪れたんだよ。
この年リリースされた「CAT’S EYE」は、北条司先生の人気マンガを原作とした同名アニメのオープニングテーマ。アニメ「キャッツ・アイ」は1983年7月から日本テレビ系で放送が始まり、杏里の歌声と共に月曜夜の茶の間を熱くさせたんだ。「CAT’S EYE」はオリコンシングルチャートで最高2位を記録し、杏里にとってのシグネチャーソングになったよ。
さらに1983年は「悲しみがとまらない」「I LOVE YOU SO」と立て続けにヒットを飛ばし、文字通り「杏里の年」となったんだ。デビューから5年で確立した独自のポジション、これは容易なことじゃないよ。
三浦祐太朗と草刈正雄——昭和の名曲が令和をつなぐ
「歌うランキングSHOW」第6弾で感動を呼んだのが、山口百恵の息子・三浦祐太朗が母親の名曲を熱唱するコーナーだよ。三浦祐太朗は1990年生まれ、つまり山口百恵が1980年に引退した後に生まれた世代なんだ。自分の生まれる前の母親の姿を歌で継承する——これが昭和の名曲の持つ力だよな。
さらに草刈正雄も存在感たっぷりに登場したんだよ。草刈正雄といえば1970年代に「イケメン俳優」の走りとして大人気だったけど、近年は三浦春馬や竹内結子が出演したドラマで父親役を演じるなど、渋いベテランとして再ブレークしているよ。若い世代が「草刈正雄ってかっこいい!」と気づいたわけだ。
昭和63年間が生んだ音楽の底力
ここで豆知識を一つ。「昭和」という元号は昭和元年(1926年)から昭和64年(1989年1月7日)まで、実に63年間も続いたんだよ。明治45年、大正15年と比べると、昭和の長さは際立ってるだろう?その63年間の中で生まれた音楽の厚みと多様性は、他の時代と比べてもケタ違いなんだ。
杏里がデビューした1978年は昭和53年。彼女の活動期間の大半は昭和に重なり、昭和の音楽シーンと共に育ってきたんだよ。
まとめ——音楽は時代を超えるんだよ
おじさんが若かった頃、初めてテレビで「CAT’S EYE」を聴いたときの衝撃は今でも忘れられないよ。あの都会的でスタイリッシュなサウンドは、確かに当時の日本の音楽シーンに新しい風を吹き込んだんだ。
1978年のデビューから40年以上、杏里の音楽は世代を超えて愛されてきた。「歌うランキングSHOW」のような番組でその名前が輝き続けているのも、音楽の普遍的な力あってこそだよ。
君も今日、Spotifyや動画サイトで「オリビアを聴きながら」か「CAT’S EYE」を聴き直してみてくれよ。昭和の夜風を感じながら聴くと、また格別だよ。それじゃあ、またな!
おじさんのうんちくコーナー
シティポップと杏里の意外な関係
まあ、聞いてくれよ。2020年代に入ってから「シティポップ」という言葉が海外で大ブームになったのを知ってるかい?YouTubeやSpotifyで日本の1980年代ポップスが急激に再評価されてね、竹内まりやの「Plastic Love」が海外で数千万回再生されたり、松原みきの「真夜中のドア~Stay With Me」が世界中でバイラルヒットしたりしたんだよ。
実はこの流れの中で、杏里の「CAT’S EYE」や「オリビアを聴きながら」も海外リスナーに「発見」されてね、Spotifyのグローバルチャートに突如ランクインしたこともあるんだ。1978年にデビューした日本人歌手の楽曲が、40年以上の時を超えて世界中で聴かれているってすごいだろう?
豆知識:「CAT’S EYE」の作曲家・林哲司の正体
「CAT’S EYE」を作曲したのは林哲司という人物だよ。この名前、シティポップファンには神様みたいな存在なんだ。松原みきの「真夜中のドア~Stay With Me」(1979年)も手がけていて、後に「世界で最も有名な日本のシティポップ作曲家」として再評価されることになる。1978年に杏里に楽曲を提供した段階から、林哲司の才能はずば抜けていたんだよ。