やあやあ、みんな元気かい?最近のニュースを見てたら「令和のオイルショック」なんて言葉が飛び交ってるじゃないか。建設資材メーカーが受注を停止したり、マンションの修繕工事が遅れたりとか、なかなか深刻な話になってきてるんだよ。

そうなると、おじさんとしては昔のオイルショックのことを語らずにはいられないよ。あれはね、日本経済がひっくり返りそうになった、まさに歴史的な転換点だったんだ。

オイルショックとは何か?まず基本から押さえよう

オイルショック(英語:Oil shock)というのは、1970年代に2度発生した、原油の供給が逼迫して価格が急騰し、世界経済全体が大混乱に陥った出来事のことだよ。「石油危機」とか「石油ショック」とも言われるね。

当時の日本はエネルギーの約77%を石油に依存していたんだよ。77%だぞ!「石油がなければ工場も動かない、車も走らない」——そんな状態だったわけだ。

第1次オイルショック(1973年)の衝撃

中東の火花が日本を直撃した

1973年10月6日——この日付を覚えておいてくれよ。エジプトとシリアがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛け、第四次中東戦争(ヨム・キプール戦争)が勃発したんだ。

これを受けて10月16日、OPECに加盟するペルシア湾岸の産油6カ国が、原油の公示価格を1バレル3.01ドルから5.12ドルへ、実に70%も引き上げると発表したんだよ。翌10月17日にはアラブ石油輸出国機構(OAPEC)が原油生産の段階的削減を決定。さらに12月23日には、1974年1月から原油価格を5.12ドルから11.65ドルへと再び引き上げると決定した。

つまり、わずか数カ月で原油価格は約4倍に跳ね上がったんだよ!

日本国内はどうなったか?「狂乱物価」の恐怖

これが日本に直撃してね。1974年(昭和49年)の消費者物価指数はなんと23%上昇。「狂乱物価」という造語まで生まれたほどの大混乱だよ。スーパーからトイレットペーパーや洗剤が消え、人々がパニックになって買いだめに走った——あれはまさに社会現象だったんだ。

そして1974年はGDP成長率がマイナス1.2%という、戦後初めてのマイナス成長を記録した。20年以上続いた高度経済成長がここで終わりを迎えたんだよ。

おじさんの豆知識コーナー:OAPECとOPECは別物だよ!

「オイルショックを起こしたのはOPECだ」と思ってる人が多いんだけどね、実は正確には違うんだよ。

石油禁輸を発動したのはOAPEC(アラブ石油輸出国機構)——アラブ系の産油国だけで構成された組織だ。一方のOPEC(石油輸出国機構)はサウジアラビア・イラン・ベネズエラなど、アラブ以外の産油国も含む広い組織なんだよ。OPECは価格引き上げを担い、OAPECが禁輸・生産削減を行った——この2つが連動して起きたのが第1次オイルショックなんだ。よく混同されるから気をつけてくれよ!

ちなみにOPEC加盟国の国際収支黒字は、1973年の10億ドルから1974年にはなんと約700億ドルに急増したんだ。産油国はこの危機でとんでもない利益を手にしたわけだよ。

田中角栄の外交戦略

当時の田中角栄首相は、副総理の三木武夫を急遽中東諸国に派遣して、「日本はイスラエルを支持していない」という立場を説明し、石油禁輸リストから外すよう交渉させたんだよ。国内では「国民生活安定緊急措置法」と「石油需給適正化法」を制定して、事態の深刻化に対応した。外交と国内政策の両面を同時に動かした、なかなかの手腕だろう?

第2次オイルショック(1979年)も忘れちゃいけない

1979年1月にはイラン革命を機に第2次オイルショックが始まり、1983年3月まで続いたんだ。第1次の教訓を活かして、日本は省エネ政策を猛烈に推進した。その結果、日本は省エネ先進国・技術革新大国へと大きく転換を遂げたんだよ。

そして今——「令和のオイルショック」が始まっている

おじさんが心配しているのはね、今がまさにその「令和版」になりかねないということだよ。

アメリカのトランプ大統領がイランへの船舶の出入りを阻止する封鎖措置を発表するなど、中東情勢は混迷を深めている。その影響はすでに日本の建設業界に出始めているんだ。

  • 日新工業がアスファルトルーフィング・防水材料などの受注を停止
  • マンションの大規模修繕工事で工期の遅れが発生
  • 建設資材メーカーの受注停止により、工事そのものが止まるケースも

鹿児島では農業に「トリプルパンチ」として燃料高・飼料高・肥料高が同時に直撃しているという報告もある。九州経済研究所の福留一郎部長は「供給が止まったわけではないのでパニックになる必要はない」と冷静な対応を求めつつも、「長期化リスクも考えないといけない局面」と警鐘を鳴らしているよ。

シンナーが7割値上げという話も出てるし、歯科では医療用グローブの在庫が「あと2〜3日分」という深刻な状況も報告されてる。石油由来の製品がいかに私たちの生活に深く入り込んでいるか、改めて思い知らされるよな。

昭和と令和、何が同じで何が違うか?

おじさんに言わせれば、50年前と今で決定的に違うのは「日本が省エネ技術を持っている」という点だよ。第1次オイルショックの経験を活かして、日本は省エネ先進国になった。エネルギー効率は格段に上がってるんだ。

でもね、建設資材が石油由来のものだらけという構造は変わっていない。アスファルト、防水材料、シンナー……これらは全部石油製品なんだよ。昭和の教訓が令和に生きているかどうか、まさに今が試されてるんだ。

まとめ——歴史から学んで冷静に対処しよう

オイルショックというのはね、遠い昭和の話じゃないんだよ。1973年10月に原油価格が4倍に跳ね上がり、消費者物価が23%も上昇し、戦後初のマイナス成長を経験した——あの苦い記憶が、今また形を変えて蘇ろうとしているんだ。

パニックになってトイレットペーパーを買いだめするよりも、正確な情報をもとに冷静に対処すること——それが大事だよ。まあ、でもね、たまにはこういう歴史の話を思い出すことも大事だろう?おじさんの話、少しは役に立ったかな?

ちょっと聞いてくれてありがとうよ!