やあやあ、久しぶりに政治の話でもしようかと思ってね。まあ、聞いてくれよ。

ここ数日、SNSがざわついているんだが、自民党の門寛子衆議院議員(45歳)をめぐる発言が大きな話題になっているんだ。なんでも、国会前で行われたペンライトを使ったデモに対して「ごっこ遊びにしか見えない」とSNSに投稿したことが、賛否両論を巻き起こしているらしい。

門議員は「高市チルドレン」の一人として知られていて、高市早苗元経済安全保障担当大臣を支持するグループの中核メンバーだよ。彼女は後に発言の真意を明かしたそうだが、SNS上では「激ヤバ」「大炎上」などの言葉が飛び交い、日刊ゲンダイなどのメディアにも大きく取り上げられる事態になったわけだ。

そもそも「ペンライトデモ」って何なのか

ペンライトと言えば、おじさん世代はコンサートを思い浮かべるよな。K-POPやアイドルのライブで観客がカラフルなペンライトを振る、あのスタイルだよ。それが政治的なデモにも取り入れられているというわけだ。

近年の日本では、若い世代が従来の「シュプレヒコール」スタイルのデモではなく、音楽やサイリウム(ペンライト)を使ったカラフルで明るい雰囲気のデモを行うケースが増えている。2015年の安保法制反対デモの際には「SEALDs(シールズ)」という学生団体が音楽を取り入れたスタイルで注目されたし、それ以降、デモの形式も多様化しているんだ。

おじさんが語る!日本のデモの歴史

戦後最大の政治運動「安保闘争」

おじさんに言わせれば、日本のデモで絶対に外せないのが1960年の安保闘争だよ。日米安全保障条約の改定をめぐって、全国でおよそ580万人が参加したと言われる、戦後最大の大衆運動だ。この時は東京・国会議事堂周辺に数十万人が押し寄せ、東京大学の女子学生・樺美智子さん(22歳)が国会構内での混乱で命を落とすという悲劇まで起きた。6月15日のことだよ。

その後、1970年には再び安保条約の自動延長に反対する「70年安保」が起き、これも全国各地でデモが展開された。当時の学生運動は今では想像もつかないほど激しいものだったんだ。

「静かなデモ」の元祖はキャンドルナイト

一方で、ペンライトのような光を使ったデモの系譜を辿ると、2003年に始まった「100万人のキャンドルナイト」に行き着くんだよ。イラク戦争開戦への抗議として世界各地で行われたこの運動は、日本でも各地で広まって、静かにキャンドルを灯して集まるスタイルで多くの人が参加した。暴力や怒号ではなく、「光」で意思を示すという手法の原点と言えるかもしれないね。

うんちくおじさんの豆知識コーナー

「ごっこ遊び」という言葉の語源、知ってたかい?

「ごっこ」という言葉は、もともと「ごとく(如く)」が変化したものと言われているんだ。つまり「〜のようにする遊び」という意味だよ。「おままごと」や「ヒーローごっこ」のように、何かを模倣した遊びのことを指す言葉として、江戸時代から使われてきた。

ところで、政治学的に面白いことがあってね。政治参加のスタイルに対して「本物じゃない」という批判は、実は世界中で繰り返されているんだ。1970年代のアメリカでは、花を銃に差し込む「フラワー・パワー」運動が「子どもの遊び」と揶揄された。それでも「Flower Power」は1960〜70年代の反戦・平和運動の象徴として歴史に刻まれているよ。表現形式が変わっても、意思を示すこと自体の意義は別問題、というわけだね。

SNS時代の「炎上政治」について

まあ、聞いてくれよ。今回の門議員の騒動を見ていて、おじさんが感じたことがあってね。

SNSが普及する前、政治家の発言が有権者に届くルートはほぼメディアに限られていた。ところが今は、議員自身がX(旧Twitter)やInstagramで直接発信できるし、それに対して一般市民がすぐに反応できる。

日本の国会議員は2024年時点で衆参合わせて710人いるんだが、その多くがSNSアカウントを持っている。ちょっとした言葉の選択ミスが瞬時に拡散されて「炎上」する——これが今の政治家の置かれている環境なんだ。

2013年頃から「政治家の炎上」を扱ったメディアの記事数は急増していて、ある研究では2010年代後半から2020年代にかけて、国会議員のSNS炎上件数が約3倍に増加したとも言われているよ。

門議員が後に発言の「真意」を明かしたことも、SNS時代ならではの展開だよね。昔なら記者会見を開くしかなかったが、今はSNSで直接説明ができる。それが功を奏するかどうかは別の話だが。

まとめ — デモも政治も、形より中身だろう?

今回の門寛子議員をめぐる騒動、デモを「ごっこ遊び」と表現したことへの批判と、議員側の弁明。この一件は、日本の政治とSNSと市民運動の関係を映し出す、なかなか象徴的な出来事だとおじさんは思うんだ。

歴史を振り返れば、デモのスタイルは常に変化してきた。1960年の安保闘争のような大規模な直接行動も、キャンドルを灯す静かな抗議も、そしてペンライトを掲げるデモも——参加する人たちが何かを伝えようとしている点では同じだよ。

大切なのは、その表現形式を「本物かどうか」で裁くより、何が主張されているのかを考えることじゃないかな。政治家も有権者も、互いの声に耳を傾ける余裕を持ちたいものだよ。

さてさて、今日はちょっとシリアスな話になったかな。次はもっと気楽な豆知識を持ってくるよ。じゃあまた、うんちくおじさんでした!