やあやあ、久しぶりだね。今日はおじさんがずっと語りたかった街の話をしようと思うんだ。その名も川越——埼玉県にある、知る人ぞ知る「小江戸」だよ。
「埼玉?なんか地味じゃない?」なんて思ってる君、ちょっと待ってくれよ。その考え、今日で変えてもらうからね。
川越ってどんな街?
川越市は埼玉県南西部に位置する、人口約35万人の中核市だ。東京の池袋から東武東上線でわずか約30分、新宿からも西武新宿線で約1時間とアクセス抜群の立地にある。
にもかかわらず、そこには江戸時代そのままの街並みが残っているんだよ。「小江戸」と呼ばれる所以だね。毎年訪れる観光客はなんと約700万人。これ、鎌倉の年間観光客数に匹敵する規模なんだから、侮れないだろう?
蔵造りの街並み——なぜ江戸時代が残ったのか
川越の目玉といえばやはり蔵造りの街並みだ。一番街商店街(約1km)に立ち並ぶ、黒漆喰塗りの重厚な蔵造り建築——これ、明治時代の大火がきっかけで生まれた景観なんだよ。
1893年(明治26年)3月17日、川越で大規模な火災が発生した。焼失した家屋はなんと1,302棟にのぼる大惨事だった。ところがこの大火で焼け残った建物があった——それが、厚い土壁と重い扉を持つ蔵造りの建物だったんだ。
この教訓から、川越の商人たちは次々と蔵造りで家を建て直した。その結果、現在でも約30棟の蔵造り建築が現役で残っているというわけさ。
時の鐘——400年以上鳴り続ける鐘の音
まあ、聞いてくれよ。川越のシンボル「時の鐘(ときのかね)」の話をしなきゃ川越は語れない。
この鐘楼、初代は江戸時代初期の1624〜1644年(寛永年間)に当時の川越藩主・酒井忠勝によって建てられた。現存する4代目の鐘楼は、先ほどの1893年の大火の翌年・1894年(明治27年)に再建されたものだ。高さは約16メートル。
毎日午前6時・正午・午後3時・午後6時の1日4回、今も鐘が鳴らされる。「日本の音風景100選」にも選ばれているこの鐘の音、400年以上川越の人々の生活を刻んできたんだね。
サツマイモとお菓子——川越のもう一つの顔
川越を語るなら、サツマイモを外すわけにはいかない。「川越イモ」のブランドで知られるサツマイモは、江戸時代中期の享保年間(1716〜1736年)に川越藩が栽培を奨励したのが始まりだ。
当時の江戸(東京)まで舟で運ばれ、「十三里(じゅうさんり)」という名前で売られた。「栗(九里)より(四里)うまい十三里」という洒落が語源で、つまり「栗よりうまいサツマイモ」という意味だよ。
その流れで生まれたのが菓子屋横丁。大正時代から続く約70メートルの小路に、飴・だんご・芋菓子の専門店が軒を連ねる。最盛期には70軒以上の菓子店が並んでいたという記録が残っているんだよ。
川越城——太田道灌も関わった城下町の歴史
おじさんに言わせれば、川越の歴史の深さこそが真の魅力だ。
1457年(長禄元年)、かの有名な武将・太田道灌(おおたどうかん)が川越城を築城した。太田道灌といえば江戸城を築いた人物としても知られる。その彼が作った城下町が川越なんだよ。
現存する本丸御殿は1848年(嘉永元年)に建てられたもので、関東に現存する唯一の城郭建築の御殿として埼玉県指定有形文化財になっている。かつては16棟・約1,025坪あった御殿が、今は2棟・約360坪残っているんだ。
今の川越——観光地として進化中
現代の川越はさらに面白い。2016年に川越市内を舞台にしたアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(通称:あの花)の聖地として若い世代にも注目されたし、最近ではインバウンド観光客にも大人気だ。外国語対応の観光マップも充実して、英語・中国語・韓国語・フランス語の4言語でガイドが整備されている。
2023年には川越市が「SDGs未来都市」に選定され、古い街並みを守りながら持続可能な観光を目指す取り組みも進んでいるんだよ。
まとめ——近くて深い、川越の魅力
どうだい、川越ってなかなか奥深いだろう?東京から30分の距離に、江戸時代の面影を残す街並み、400年鳴り続ける鐘の音、そして歴史の重みを持つ城下町がある。
「近すぎて行ったことない」なんて人も多いんじゃないかな。でもね、そういう「近場の名所」こそ、実は一番もったいない見逃しをしてるんだよ。
春の川越は特にいい。菜の花が咲く4月、蔵造りの街並みを歩きながら、芋ようかんをほおばる——そんな午後の過ごし方、おじさんイチオシだよ。
次の週末、ちょっと川越まで足を伸ばしてみてくれよ。行けば絶対に「来てよかった」って思うから。おじさんが保証するよ!
おじさんの豆知識コーナー
川越の蔵造り建築の特徴「黒漆喰」、実はあの黒色にも深い意味があるんだよ。一般的な漆喰は白いが、川越では松煙(松のすすを固めたもの)や炭を混ぜた黒漆喰を使う。これが耐火性・防湿性をさらに高めるんだ。
さらに面白いのが「観音扉(かんのんびら)」と呼ばれる分厚い蔵の扉。重さが300〜500kgにもなるものもあって、これを職人が手作業で作っていたんだから、江戸・明治の職人技、恐るべしだよ。
ちなみに現存する蔵造り建築の中で最古のものは1792年(寛政4年)建築の大沢家住宅で、国指定重要文化財にもなっているんだ。