やあやあ、久しぶりだね。今日はちょっと物騒なニュースから話を始めないといけないんだが、まあ最後まで聞いてくれよ。

2026年4月4日、JR嵯峨野線の太秦〜嵯峨嵐山間で列車と人が接触する人身事故が発生して、京都〜園部間が運転見合わせになったんだ。読売新聞や47NEWSも速報で報じていたね。通勤・通学の時間帯に重なって、多くの人が足止めをくらってしまった。まずは被害に遭われた方に、心からお見舞いを申し上げたい。

さて、こういう事故のたびに「嵯峨野線」という名前がニュースに出てくる。でもね、おじさんに言わせれば、この路線の正体をちゃんと知っている人って意外と少ないんだよ。

そもそも「嵯峨野線」って何者だ?

実はね、「嵯峨野線」というのは通称なんだ。正式な路線名はJR山陰本線の一部区間、具体的には京都駅から園部駅までの34.2キロのことを指しているんだよ。

山陰本線というのは、京都から日本海沿いを通って山口県幡生まで続く全長673.8キロという日本最長クラスの在来線のひとつでね。その「入り口」にあたる京都〜園部間が、観光地の嵐山・嵯峨野エリアを通ることから「嵯峨野線」と呼ばれるようになった。

この愛称が本格的に定着したのは1997年(平成9年)ごろのこと。JR西日本が利用者にわかりやすくするために積極的に使い始めたんだね。

電化はたった30年前の話

ここでおじさんの豆知識その一。嵯峨野線のうち、嵯峨嵐山〜園部間が電化されたのは1996年(平成8年)3月のことなんだ。つまりたった30年前まで、この区間はディーゼルカーが走っていたんだよ。電化と同時に複線化工事も進められ、輸送力がグッと上がった。それまでは単線のディーゼルが煙を吐きながら走っていたわけで、今の嵯峨嵐山駅あたりの賑わいとは別世界だったね。

嵐山・嵯峨野エリアという「観光の玄関口」

嵯峨野線が走るエリアといえば、やっぱり外せないのが嵐山だ。嵯峨嵐山駅は渡月橋まで徒歩約10分という好立地で、年間を通じて国内外から観光客が押し寄せる。コロナ前の2019年には、嵐山エリア全体への年間観光客数が約1,500万人を超えていたというデータもある。

沿線には1994年にユネスコ世界文化遺産に登録された天龍寺(嵯峨天龍寺芒ノ馬場町所在、創建1339年)をはじめ、竹林の小径、野宮神社、常寂光寺など、京都を代表する名所が集中している。

さらにこの路線の沿線には「太秦(うずまさ)」という駅もある。東映太秦映画村の最寄り駅として知られるここは、1975年開業という歴史を持ち、時代劇の聖地として映画ファンには欠かせない場所だよ。

おじさんの豆知識コーナー:嵯峨野線と「保津峡」の知られざる関係

まあ、聞いてくれよ。嵯峨野線の亀岡〜嵯峨嵐山間には「保津峡駅」という秘境感あふれる駅があるんだが、実はこの路線、元々は保津川の渓谷沿いを走っていたんだ。

旧線(現在の嵯峨野観光鉄道・トロッコ列車のルート)は1989年まで現役で使われていた山陰本線の旧路線で、急カーブや急勾配が連続する難所だった。1989年に現在の新線(トンネルを多用したルート)に切り替わり、旧線が観光用トロッコ列車として生まれ変わったわけだ。

トロッコ嵯峨〜トロッコ亀岡の約7.3キロを走る「嵯峨野観光鉄道」は、1991年4月27日の開業以来、累計乗客数が2000万人を超える人気路線になった。廃線をうまく観光資源に転換した好例として、鉄道ファンの間では高く評価されているんだよ。

なぜ人身事故が多発するのか——鉄道と社会問題

ここからは少し真剣な話をしないといけない。

今回のような人身事故は、残念ながら嵯峨野線に限らず全国の鉄道で繰り返し発生している。国土交通省の統計によれば、2022年度に全国の鉄道で発生した人身事故件数は約2,500件に上り、そのうち相当数が故意または自殺によるものと推定されている。

鉄道会社の側は、ホームドアの設置や防護柵の整備、駅員配置の見直しなどで対策を講じているが、全路線への整備には膨大なコストと時間がかかるのが現実だ。JR西日本だけでも管内の駅は1,175駅(2023年時点)あり、すべての駅にホームドアを設置するには相当な年数が必要だとされている。

遅延の「連鎖」という問題

ひとつの人身事故が、想像以上に広い範囲に影響を与えることも覚えておいてほしい。嵯峨野線の場合、京都駅という巨大なターミナルに接続しているため、京都駅を発着する新幹線や他の在来線への乗り継ぎにも影響が出ることがある。今回の京都〜園部間の運転見合わせも、朝の通勤・通学ラッシュに直撃して多くの人が代替交通手段を探すことになった。

まとめ——嵐山の風景と現実の鉄道事情

さあ、どうだい?「嵯峨野線」というたった5文字の言葉の裏側に、30年前の電化の歴史、廃線を生かしたトロッコ鉄道、そして1,500万人が訪れる観光地の玄関口という顔があることがわかってもらえただろうか。

おじさんとしては、まず今回の事故で影響を受けた方々が無事に目的地に辿り着けたことを願いたい。そして何より、事故そのものが一件でも少なくなる社会であってほしいと思う。

竹林の中を走る列車の写真は確かに美しいけれど、その路線を毎日支えているのは運転士さんや駅員さん、そして無数の乗客だということを、たまには思い出してみてくれよ。

じゃあまた、次のうんちくでね。