やあやあ、おじさんだよ。
今日はちょっとしんみりした話をしなきゃいけない。女優の中山マリさんが亡くなったというニュースが届いた。享年80歳。長い芸歴を持つ実力派の女優さんで、おじさんも舞台で何度か拝見したことがある。
そこで今日は、中山マリさんの足跡を振り返りながら、日本の演劇界や映像界にまつわるうんちくを、おじさんがたっぷり語ってやろうじゃないか。まあ、聞いてくれよ。
中山マリという女優の軌跡
中山マリさんは、劇団「燐光群(りんこうぐん)」に参加し、舞台女優として長いキャリアを積み上げた人物だ。
燐光群というのは、1984年に劇作家・演出家の坂手洋二が主宰として立ち上げた劇団で、社会問題や政治テーマを正面から取り上げる作風で知られている。原発事故、沖縄問題、戦争——そういったヘビーなテーマを舞台に乗せる、骨太な集団だ。中山さんはその中で、舞台「屋根裏」などに出演し、存在感を発揮してきた。
そして、テレビや映画の世界でも確かな爪痕を残している。
2018年にNHKで放送された連続ドラマ「透明なゆりかご」への出演もその一つ。このドラマは産婦人科を舞台に、看護師補助として働く少女の目を通して「命の誕生と死」を描いた作品で、原作は沖田×華によるコミック。清原果耶が主演を務め、第72回文化庁芸術祭テレビ・ドラマ部門で大賞を受賞するなど、高い評価を得た作品だ。中山マリさんはそこに確かな演技力をもって加わっていた。
また2017年公開の映画「関ヶ原」にも出演している。原田眞人監督が手がけたこの作品は、司馬遼太郎の同名小説を原作とし、岡田准一が石田三成、役所広司が徳川家康を演じた大作。製作費約20億円をかけた歴史スペクタクルであり、興行収入は約17億円を記録した。中山さんはこうした大型作品にも名を連ねていた。
母・中山あい子さんとの絆
中山マリさんの母は、小説家の中山あい子さんだ。
中山あい子さんは1926年生まれで、NHKテレビドラマ「あい子の東京日記」(1960年代放送)の原作・脚本を手がけた人物として知られている。このドラマは当時の家庭的な女性像を描き、日本のテレビ草創期を代表する作品のひとつだ。
つまり中山マリさんは、文学・芸能の血を色濃く受け継いだ家系に生まれた女優だったわけだ。母が言葉で物語を紡ぎ、娘が身体で物語を演じる——そういう親子の系譜があったんだよ。
舞台俳優と映像俳優、二つの顔を持つということ
おじさんが中山マリさんについて特に感心するのは、舞台と映像の両方で長く活動し続けたことだ。
舞台と映像というのは、実は全く違う技術が求められる世界なんだよ。
舞台の場合、声を客席の最後列まで届けなければならないから、発声・呼吸・身体全体の使い方が大切になる。1回の公演は一発勝負で、カットもリテイクもない。2000年代以降、座席数300〜500の中規模劇場でも、マイクなしで公演を行う劇団は多く、燐光群もその一つだ。
一方で映像——テレビや映画——では、カメラが表情のわずかな変化を拾うため、大きな動作よりも「内面から滲み出る何か」が問われる。舞台の演技がそのまま通用しないのはそのためだ。
中山マリさんは80年の生涯を通じて、その両方の世界で結果を出し続けた。それがどれほど難しいことか、演劇・映像に少し詳しいおじさんにはよく分かる。
昭和・平成・令和を生き抜いた女優
1946年前後の生まれと推測される中山マリさんは、戦後日本の高度成長期から、バブル崩壊、21世紀の激動まで、まさに日本社会の変遷を全身で浴びながら生きた世代だ。
日本の小劇場演劇が盛んになった1970〜80年代、唐十郎、つかこうへい、野田秀樹といった劇作家たちが次々と登場し、演劇の世界が大きなエネルギーを持っていた時代——そんな時代に演劇の世界で研鑽を積み、燐光群に合流した。
その後もテレビ・映画と舞台を行き来しながら、80歳まで現役に近い形で活動を続けた。それ自体が、ひとつの「生き方」として後輩俳優たちへのメッセージになっているんじゃないかな。
まとめ:舞台の灯は消えない
中山マリさん、享年80歳。
母・中山あい子さんから受け継いだ物語への愛を、舞台と映像の両世界で表現し続けた80年だった。燐光群での舞台「屋根裏」、映画「関ヶ原」(2017年)、NHKドラマ「透明なゆりかご」(2018年)——それぞれの作品に残した演技は、これからも見る人の胸に灯り続けるだろう。
おじさんはね、こういう訃報に接するたびに思うんだよ。「一人の人間がどれだけの物語を抱えて生きるか」っていうことをね。
中山マリさんの作品をまだ観たことがない人は、ぜひ「透明なゆりかご」あたりから見てみてくれよ。NHKのアーカイブでも確認できるはずだ。その演技の中に、彼女の80年が確かに宿っているから。
まあ、今日はそんなところで。ご冥福をお祈りします。
おじさんの豆知識コーナー:「燐光群」という名前の由来
おじさんに言わせれば、劇団名というのはそれ自体がひとつのメッセージなんだ。「燐光群」の「燐光(りんこう)」というのは、暗闇の中でほのかに光る発光現象のこと。湿地や墓場でたまに見られる、青白い炎のような光——いわゆる「鬼火」のことだね。
燐(リン)は生物の体内にも含まれている元素で、遺体が腐敗するときにガスとして放出され、自然発火することがある。これが「鬼火」の正体の一説とされているんだ。
坂手洋二が1984年にこの名前を選んだのは、社会の暗闇のなかで、小さくても確かな光を灯す存在でありたいという意志の表れだろう。舞台で社会問題を問い続ける、その姿勢と名前が見事に一致している。なかなか粋な命名じゃないか。