やあやあ、久しぶりだね。今日はおじさんが南アジアの「熱い国」について語ってやろう。その名もバングラデシュだ。
「バングラデシュ?あんまり聞かないな」なんて思っているだろう?ところがどっこい、2026年の今、日本との外交・経済関係がどんどん深まっているし、実は君たちの身近なところにも影響が出てきているんだよ。まあ、順を追って話していこう。
バングラデシュってどんな国?
正式国名は「バングラデシュ人民共和国(People’s Republic of Bangladesh)」。南アジアに位置し、ほぼ四方をインドに囲まれ、南東部でミャンマーと国境を接し、南はベンガル湾に面している。
面積は14万7千平方キロメートル、日本の約4割しかない。それでいて人口は1億7,119万人(2022年・世界銀行調べ)——日本の人口より約5,000万人も多い!世界でもトップクラスの人口密度を誇る国なんだよ。
首都はダッカ(Dhaka)、日本との時差は−3時間。通貨はタカ(Taka)で2024年8月時点で1タカ=約1.26円。国民の約9割がイスラム教徒(スンニ派が中心)で、全国は8つの管区(ダッカ・チッタゴン・クルナ・ラジシャヒ・シレットなど)に分かれている。
バングラデシュの歴史——1971年の独立
おじさんに言わせれば、バングラデシュほどドラマチックな独立の歴史を持つ国は少ないぞ。
1947年、インド・パキスタン分離独立の際、このベンガル地方は「東パキスタン」としてパキスタンの一部となった。ところが西パキスタンとは地理的に1,600キロ以上も離れており、言語・文化・民族的にも大きな違いがあった。
転機になったのが1952年のベンガル語運動だ。パキスタン政府がウルドゥー語のみを国語と定めようとしたのに対し、ダッカの学生たちが命がけで抵抗し、2月21日にデモ参加者が警察に射殺される事件が起きた。この日は後に「国際母語デー」として国連に認定され、世界中で祝われるようになる——この話、さすがに知らなかっただろう?
そして1971年3月26日、ついに独立宣言。インドの支援を受けてパキスタン軍と戦い、同年12月16日に正式に独立を達成した。独立からまだ55年という、世界的に見てもかなり「若い国」なんだよ。
2026年、日本との関係が急接近
ちょっと聞いてくれよ、これが今いちばんアツい話なんだ。
2025年12月22日、日本とバングラデシュは経済連携協定(EPA)の大筋合意に達した。さらに2026年2月3日には日・バングラデシュ防衛装備品・技術移転協定が署名された。外交・経済・安保の三本柱で関係が一気に深まっているわけだよ。
2026年2月17日にはバングラデシュで総選挙が実施され、日本は選挙監視団を派遣(2月6日発表)。3月26日には日本の国光外務副大臣がバングラデシュ独立55周年記念レセプションに出席した。2022年は日・バングラデシュ外交関係樹立50周年という節目もあり、ここ数年で両国の結びつきが格段に強まっているんだね。
ベトナム・バングラデシュビジネスフォーラム2026
東南アジアの視点でも面白い動きがある。2026年、ベトナムとバングラデシュは「ベトナム・バングラデシュビジネスフォーラム」を開催し、両国間の協力機会の拡大を模索した。バングラデシュは繊維・縫製品の輸出で世界第2位に君臨しているが、それだけじゃなくIT・農業・インフラ分野でも新興国との連携を積極的に進めているんだよ。
バングラデシュのIT人材と長崎の挑戦
実は長崎県でこんな取り組みが進んでいるんだ。長崎県がバングラデシュのIT人材を受け入れ、県内企業に就職させるプロジェクトを推進しているんだが、2026年現在、就職が伸び悩んでいるという。原因として「事業の周知不足」が挙げられているんだよ。
バングラデシュはIT教育に力を入れており、英語が流暢なエンジニアが多い。ところが地方の中小企業にとっては「どうやって受け入れるか」「言語・文化の壁をどう乗り越えるか」という課題が大きく、マッチングが難しい状況だ。官民が連携して情報発信を強化していかないと、せっかくの人材が埋もれてしまうよ。
チッタゴン丘陵地帯——知られざる多様性
バングラデシュといえばベンガル平野のイメージが強いが、実はチッタゴン丘陵地帯(Chittagong Hill Tracts)という独特のエリアがある。ミャンマーとインドに接したこの地域にはチャクマ族・マルマ族など多数の少数民族が暮らし、仏教やアニミズムを信仰する人々も多い。国民の約9割がイスラム教というバングラデシュにあって、文化的に非常に異なる存在だ。新時代を迎えるバングラデシュの政治変革の中で、この地域の人々がどのような未来を描くのかが今まさに注目されているんだよ。
まとめ
どうだい、バングラデシュって思っていたより奥が深いだろう?
日本の4割の面積に1億7千万人が暮らし、1952年のベンガル語運動が世界の「国際母語デー」を生み、2025〜2026年には日本とのEPA・防衛協定が相次いで成立。長崎ではIT人材受け入れの試みも動き出している。まさに「これから」の国なんだよ。
おじさんとしては、バングラデシュをただの遠い国で終わらせずに、「知っている国」として付き合っていってほしいと思うね。次のビジネスチャンスも、次の旅先も、案外バングラデシュにあるかもしれないんだから。じゃあまた、次のうんちくで会おう!
おじさんの豆知識コーナー:「国際母語デー」の誕生
2月21日は国際母語デー(International Mother Language Day)。1999年にユネスコが制定し、翌2000年から世界中で祝われているこの日は、バングラデシュの「ベンガル語運動」が起源なんだよ。1952年のあの日、自分たちの言葉を守るために命をかけた若者たちの魂が、今や世界約6,000の言語を守る象徴になっているんだから、言語ってのは人間のアイデンティティの根っこだと思うねえ。ダッカ市内には彼らを称える「シャヒード・ミナール(殉教者の塔)」が建てられていて、毎年2月21日に多くの市民が花を手向ける。日本にいながらでも、この日を知っておいてほしいよ。