やあやあ、相撲好きの諸君!おじさんだよ。
2026年の大相撲夏場所(五月場所)、見てるかい?5月10日から24日まで、両国国技館で開催されてるやつだ。いやあ、今場所はホントに目が離せない展開になってきたよ。まず話さなきゃいけないのは、9日目(5月18日)に起きたあの「宇良事件」だよ!
宇良の取組が「強制停止」!何があったんだ?
前頭11枚目の宇良(うら)と前頭12枚目の時疾風(ときはやて)の対戦なんだがね、なんとこの取組が途中で強制停止されてしまったんだ。立ち合い不成立、要するにちゃんとした立ち合いにならなかったということだよ。
ABEMA TIMESによると、宇良の親方が怒りを見せて3度も頭を下げて猛省、控え行司まで「これはおかしい」とアピールしたというから大変な騒ぎだったんだよ。視聴者もSNSで「え?なにこれ」と反応したのも無理はないよね。
立ち合いって、実はこんなに奥深いんだ
大相撲のルールでは、両者が「息を合わせて」立ち上がることが原則なんだ。行司が「はっけよい」という前に、両力士の拳が土俵につき、互いの気持ちが合ったと見られた瞬間に立ち合いが成立する。幕内は制限時間4分、十両は3分が目安だよ。
これが「何秒でスタート」という明確なルールがなく、あくまで「力士の呼吸」を重視するところが相撲の独特な文化なんだ。
今場所の優勝争いが激アツ!6人が2敗で並ぶ大混戦
宇良の件はさておき、2026年夏場所の優勝争いも見逃せないよ!NHKの情報によると11日目(5月21日)時点で、なんと2敗で6人が並ぶという大混戦になっているんだ。
11日目は大関・霧島と小結・若隆景という2敗勢の直接対決が実現。霧島は関脇・琴勝峰を破って2敗をキープし、不戦勝の琴栄峰とともに上位を走っている。
注目力士たちの現在地
- 大関・霧島:2敗で優勝争いのトップ集団。関脇・琴勝峰との一番を制して存在感を示す
- 翔猿(とびざる):2敗で義ノ富士との対戦に臨む。粘り強い相撲で上位を脅かす
- 琴栄峰:2敗でこちらも優勝争いに絡む
- 小結・若隆景:2敗対決で豪ノ山を下し、落ち着いた相撲で3敗勢との差を広げた
- 宇良:3敗勢ながら12日目に藤凌駕との3敗同士の一番を制して9勝目を挙げ、まだ望みをつなぐ
- 朝乃山:「左足甲の捻挫」で休場。再出場の可能性も検討されているが厳しい状況だよ
世代交代と悲劇の場面も
41歳のベテラン玉鷲(たまわし)は12日目に10敗目を喫し「落ちるでしょう」と自ら十両陥落の可能性を語るほどの危機的状況。長年幕内を張ってきたモンゴル出身のベテランだが、世代交代の波を感じるよ。
小兵力士として人気の炎鵬(えんほう)は、行司の軍配差し違えで勝ち越しを逃すという残念な場面も。勝ち越し王手をかけながらの誤判定は、本人にとって痛恨の極みだろうね。
おじさんの豆知識:「勝ち越し」と番付の仕組み
相撲の「勝ち越し」とは1場所15日間のうち8勝以上することを指す。8勝7敗なら「勝ち越し」で番付が上がり、7勝8敗の「負け越し」なら下がる。この仕組み、実は江戸時代の慣習が今も続いているんだよ。
大関の場合は特別ルールがあって、2場所連続負け越しで「大関陥落」になる。ただし翌場所で10勝以上すれば「カド番大関」として1場所で復帰できるんだ。横綱だけは逆に番付が下がらない代わりに、不振が続けば「引退勧告」という形で進退を問われる。まさに「下がれない地位」というわけだよ。
大相撲は今も進化し続けている
ちょっと聞いてくれよ。大相撲は1500年以上の歴史を持つ日本の国技でありながら、今もしっかり進化しているんだよ。今場所もABEMAでライブ配信され、若い世代を中心に新たなファン層を獲得している。
宇良の取組停止事件がSNSで「え?なにこれ」と瞬く間に広がった件も、相撲がSNS時代に突入したことを象徴しているよ。国技館で起きたことがリアルタイムで日本中に知られる時代になったんだ。
五月場所の千秋楽は5月24日。6人が2敗で並ぶ大混戦の結末まで、あとわずかだよ!
まとめ:やっぱり相撲は奥深いよ
宇良の取組強制停止事件から、大関霧島を筆頭にした6人による優勝争いの大混戦まで、今場所の大相撲は見どころが満載だよ。立ち合いの難しさ、勝ち越しの重要性、ベテランと若手の世代交代……こういうドラマが凝縮されているのが相撲の醍醐味というもんだろう?
千秋楽(5月24日)まで目が離せないよ!おじさんと一緒に最後まで応援しようじゃないか。やあ、相撲っていいもんだよ、本当に。
おじさんの豆知識:「待った」の語源
立ち合いが成立しなかった場合に使われる「待った(まった)」、これ江戸時代からの用語なんだよ。当時の取組では互いが呼吸を合わせるまで何度でもやり直せたから、「もう一度待ってくれ」という意味から来ているんだ。
明治時代以前は「待ったなし」どころか、納得いくまで何度も仕切り直しができた。1957年(昭和32年)頃から制限時間が設けられ、今の形式に整えられていったんだよ。現在では、不必要な「待った」が多すぎると力士に注意が与えられることもある。宇良の件はまさにその立ち合いのルールを巡るトラブルだったわけだ。