やあやあ、今日も元気かい? おじさんはね、最近ちょっと胸が熱くなるニュースを見かけてね、どうしても話したくなったんだよ。
元プロ野球選手・元メジャーリーガーの岩隈久志(いわくま・ひさし)さんの話さ。現在45歳になったこの男が、4人の子どもたちの「熱いお父さん」として話題になってるんだ。
マウンドの英雄が今、家族の話を語る
岩隈久志さんといえば、1981年4月12日生まれ、東京都出身の元プロ野球選手だよ。身長190cm、体重95kgの大型右腕投手でね、堀越高校から1999年のドラフト5位で近鉄バファローズに入団したんだ。
最近ね、奥さんのまどかさんが夫婦ショットをSNSに投稿して、岩隈さんが「いつも本当にありがとう」と感謝の言葉を添えたことが話題になったんだよ。さらにまどかさんは「野球部の長男が入院していた」ことを公表し、「体の不調と戦うような日々」だったと明かした。でも息子さんが約1年ぶりにピッチングに復帰できたということで、家族みんなが感激したって言うから、おじさんも思わずもらい泣きしそうになったよ。
実はね、岩隈家の子どもたちはこれが初めての試練じゃないんだ。長女は過去に難病を克服しているし、まどかさんは「毎日が親孝行の連続」と話しているほど、本当に強い家族なんだよ。
伝説の投手・岩隈久志の軌跡
日本での圧倒的な実績
まあ、聞いてくれよ。岩隈さんの投手としての実績は本当に桁外れなんだ。
プロ2年目の2001年に4勝を挙げると、2003年から2004年は2年連続15勝。特に2004年は15勝2敗、勝率.882という驚異的な数字で最多勝・最優秀投手のタイトルを獲得したんだよ。
そして伝説となったのが2008年シーズンさ。この年、岩隈さんは東北楽天ゴールデンイーグルスで21勝4敗、防御率1.87という信じられない成績を残した。最多勝・沢村賞・リーグMVP・最優秀防御率・ベストナインと、取れるタイトルをほぼ全部かっさらったんだよ。21勝って、近年のプロ野球でもなかなかお目にかかれない数字さ。
ちなみに2005年の球団合併の際、岩隈さんはオリックスへの分配指名を拒否して楽天へ移籍。そして楽天の開幕投手を任され、球団史上初勝利の投手になったんだ。チームの歴史に名前を刻んだ男さ。
メジャーリーグでも輝いた実績
2011年オフに海外FA権を行使して、シアトル・マリナーズと契約。日本の第一線を知る投手がアメリカへ渡ったわけだ。
メジャー2年目の2013年から2014年は2年連続2桁勝利を達成し、先発ローテーションの一角として活躍。2015年にはノーヒットノーラン(無安打無得点試合)を記録するという偉業も成し遂げた。そして2016年には自己最多の16勝を挙げるなど、30代半ばになっても衰えを見せなかったんだよ。
引退後も野球に携わり続ける男
2018年にマリナーズを退団した岩隈さんは、同年12月に読売ジャイアンツへ移籍。しかし残念ながら所属2年間で一軍登板は叶わず、2020年に現役引退を表明したんだ。
引退後の2021年1月には、古巣マリナーズの特任コーチへの就任が発表された。選手としてお世話になったチームへ、今度は指導者として恩返しするという形さ。アメリカと日本、両方の野球文化を熟知した男ならではのキャリアだよな。
家族を全力で支える姿に胸が熱くなる
おじさんに言わせれば、岩隈さんの真の魅力は「完全燃焼した野球人生を終えた後も、家族への愛情を全力で注いでいること」だよ。
4人の子どもたち、難病を乗り越えた長女、入院から野球に復帰した長男——それぞれの試練に正面から向き合いながら、まどかさんへ「いつも本当にありがとう」と言える男に成長したんだから、マウンドの上と同じくらい格好いいじゃないか。
まどかさんの「毎日が親孝行の連続」という言葉は、そんな家族の絆を一言で表していると思うよ。
まとめ:勝負の世界で鍛えた男の、本当の強さ
岩隈久志さん——1999年にドラフト5位で入団した若者が、2008年に21勝・防御率1.87で日本球界を席巻し、太平洋を渡ってメジャーで2015年にノーヒッターを達成し、そして今は4人の子を持つ45歳のお父さんとして家族の健康を祈っている。
ちょっと聞いてくれよ、こういう「全部やりきった男」の後日談って、なんか清々しいよな。
きみも今日、大切な人に「ありがとう」って言えたかい? 岩隈さんのニュースを見て、おじさんはそんなことをふと思ったよ。じゃあ、またね!
おじさんのうんちく:沢村賞ってどれだけ難しい賞なんだい?
岩隈さんが2008年に受賞した沢村賞ってね、単純に勝ち星が多ければいいわけじゃないんだよ。選考基準がかなり厳しくてね、「登板数25以上」「完投数10以上」「勝利数15以上」「防御率2.50以下」「投球回数200以上」「奪三振数150以上」「勝率6割以上」という7項目が基準とされているんだ。
この賞の名前は、戦前の大投手・沢村栄治(さわむら・えいじ)から来ているよ。沢村さんは1934年に来日したアメリカのオールスター軍——あのベーブ・ルースやルー・ゲーリッグが在籍していたチームだ——を相手に完投で1失点に抑えるという伝説的な投球を見せた、日本野球の礎を作った人物さ。その名を冠した賞だから、受賞するだけで「その時代の最高投手」を意味するんだよ。
岩隈さんの2008年は21勝・防御率1.87。7項目をほぼ完璧に満たす圧巻の成績だったね。