やあやあ、久しぶりだね!今日はおじさんが語らずにはいられない街、アメリカ・カリフォルニア州の「サンフランシスコ」についてたっぷり話させてもらうよ。最近この街でなかなか興味深いニュースが立て続けに飛び込んできてさ、おじさんがいても立ってもいられなくなったんだよ。
サンフランシスコって、そもそもどんな街?
サンフランシスコはカリフォルニア州北部、アメリカ西海岸に位置する都市でね、2020年の国勢調査では人口は87万3,965人。面積の約80%が水面という独特の地形を持つ半島の街なんだよ。対岸のオークランドを含めた都市圏全体では472万9,483人もの人が暮らしていて、2022年にイギリスのシンクタンクが発表した調査では「世界第5位の金融センター」に位置付けられているんだ。ニューヨーク、ロンドン、上海、東京に次ぐ金融都市だなんて、さすがシリコンバレーの玄関口だよね。
愛称は「The City by the Bay(湾岸の街)」や「Fog City(霧の街)」。ゴールデン・ゲート・ブリッジ(金門橋)、ケーブルカー、フィッシャーマンズ・ワーフ……観光地としての評価も非常に高くて、アメリカのシンクタンクが2017年に発表した世界都市ランキングでは世界13位、アメリカ国内ではニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴに次ぐ4位に評価されているんだ。
伝説のクラフトビールバー「トルナード」が常連客の手へ
さて、まず注目のニュースから話そうか。サンフランシスコのロウワー・ヘイト地区にある老舗クラフトビールバー「トルナード(Toronado)」が、なんと長年の常連客の一人に売却されることになったんだよ。
トルナードは1987年に開業して以来、約38年間サンフランシスコのクラフトビール文化を牽引してきた伝説的なバーでね、サンフランシスコ・クロニクル紙に「SFを代表するクラフトビールバー(SF’s definitive craft beer bar)」と称された存在なんだ。新オーナーはその店の常連客だというから、この街の文化を愛し続けてきた人物に引き継がれるわけで、ファンとしてはほっと一息つけるよね。
老舗の文化が地域に根ざした形で受け継がれる……これぞサンフランシスコらしい話だと、おじさんは思うよ。
3億2000万ドルのビルが競売で「ゼロ入札」
もう一つ、これはちょっと衝撃的なニュースだよ。サンフランシスコ市内にかつて3億2000万ドル(約480億円)の価値があったとされるオフィスタワーが競売にかけられたんだが、なんと入札者がゼロだったんだ。
これはサンフランシスコの商業用不動産市場が直面している深刻な危機を象徴する出来事でね、コロナ禍以降のリモートワーク普及でオフィス需要が激減し、市内のオフィス空室率は2025年時点で30%を超えているとも言われているんだよ。かつてシリコンバレーのテック企業が競って構えていたオフィスが、今や誰にも買い手がつかないという現実……ダウンタウンの空洞化という問題は、この街にとって今まさに喫緊の課題なんだ。
おじさんが語るサンフランシスコのさらなる豆知識
ゴールデン・ゲート・ブリッジの「あのオレンジ色」の秘密
サンフランシスコのシンボル、ゴールデン・ゲート・ブリッジは1933年から1937年にかけて建設されたんだが、工事費は当時で約3,500万ドルだった。今の価値に換算すると約7億ドルとも言われているよ。
あのオレンジレッド(正式名称:インターナショナル・オレンジ)の色はね、元々さびどめ用の下塗り塗料の色だったんだよ。それを見た建築家バーナード・メイベックが「霧の中でも視認性が高くて美しい!」と主張し、そのまま正式な塗装色になったという逸話があるんだ。設計上の偶然から生まれたあの色が、今や世界中の人々に愛されているわけさ。
ゴールドラッシュがこの街を一夜にして変えた
サンフランシスコが急激に発展したのは1848〜1849年のゴールドラッシュがきっかけでね、1846年にはわずか200人ほどの集落だったのが、1852年には3万6,000人を超える大都市に膨れ上がったんだよ。たった数年で人口が180倍以上になったわけだから、もうほとんど奇跡みたいな話だよね。
ちなみに地名の「サンフランシスコ」は1847年から公式に使われていて、スペイン語のカトリック教会「ミッション・サン・フランシスコ・デ・アシス」に由来しているんだ。それ以前はスペイン語で「El Paraje de Yerba Buena(良い草の場所)」と呼ばれていたよ。
まとめ:変わり続けるサンフランシスコに、おじさんは目が離せない
おじさんに言わせれば、サンフランシスコという街は常に「変化」と向き合ってきた街なんだよ。1848年のゴールドラッシュ、1906年の大地震、テクノロジー産業の勃興、そして今起きているオフィス空洞化……。その都度、形を変えながらも生き続けてきた。
38年間愛されてきた伝説のビールバーが常連客に受け継がれる一方で、かつて3億2,000万ドルの価値があったビルが誰にも買われないという現実。それもまた、この街の「今」を正直に映し出しているんじゃないかな。
ちょっと聞いてくれよ、サンフランシスコって結局、何度見ても新しい顔を見せてくれる、そういう不思議な魅力を持った街なんだよ。またいつか、この街の話を一緒にしようじゃないか!
おじさんの豆知識コーナー:サンフランシスコのケーブルカーは「動く国定記念物」!
まあ、これは面白い話だよ。サンフランシスコのケーブルカーはね、アメリカ唯一の「動く国定記念物(Moving National Monument)」に指定されているんだ。1873年に実業家アンドリュー・ハリデー(Andrew Hallidie)によって初めて運行が開始されて、現在も市内3路線で観光客と市民の足として走り続けている。
最初にケーブルカーが走り始めたのは、急坂だらけのサンフランシスコで馬車が登り切れない問題を解決するためだったんだよ。現在の運賃は1回8ドル(約1,200円)で、完全に観光用途としても機能しているが、れっきとした公共交通機関でもある。「乗り物が文化財」なんて、世界でもなかなかない話だろう?