やあやあ、久しぶりだね。今日はちょっと熱くなる話をしようか。
トヨタ自動車の会長・豊田章男さんが、デンソーの取締役を退任するというニュースが飛び込んできたよ。「それがどうした」と思ったそこのキミ、まあ聞いてくれよ。この話、実は日本の産業史の縮図みたいな話なんだよ。
デンソー取締役退任——その背景にある「大きな絵」
2026年4月、豊田章男氏(1956年5月3日生まれ、現在69歳)がデンソーの取締役を退任することが明らかになった。理由についてトヨタ側は「日本全体の自動車業界の課題に尽力してもらうため」と説明している。
デンソーはトヨタグループの中核企業で、2024年度の売上高が約7兆円に達する世界最大級の自動車部品メーカーだ。そこの取締役を退くというのは、単なる役員整理じゃない。豊田さんがこれから、もっと大きなフィールドで動く、というメッセージなんだよ。
具体的には、業界団体活動や人材育成に注力していくとのこと。日本自動車工業会(自工会)の会長として2020年から2期務めた経験もあるし、こういった「業界全体を引っ張る」役割に軸足を移していくんだろうね。
おじさんが語る——豊田章男という人物の「本当の凄み」
トヨタを世界一にした男
豊田章男さんが社長に就任したのは2009年6月のこと。当時のトヨタはリーマンショックの直撃を受けて約4,610億円もの最終赤字を計上していた。さらに2010年には大規模リコール問題がアメリカで噴出し、米議会の公聴会に呼ばれて厳しい追及を受けた。あの時の姿、おじさんは今でも覚えているよ。
そこから豊田さんが何をしたか——2023年に会長職に退くまでの14年間で、トヨタの世界販売台数は年間約700万台から約1,060万台(2023年)に拡大し、3年連続で世界販売台数No.1を達成した。株式時価総額も在任中に約6倍以上に成長している。これが「凄み」というものだよ。
「モリゾウ」というもう一つの顔
おじさんに言わせれば、豊田章男さんを語る上で絶対に外せないのが「モリゾウ」という存在だ。これ、豊田さんのレーシングドライバーとしてのペンネームなんだよ。
2007年にニュルブルクリンク24時間レースに初参戦し、その後も自らステアリングを握り続けた。2012年にはSUPER GTのGT300クラスに参戦し、プロドライバーと混走で実際にレースに出場している。「クルマが好きだから、クルマを作る会社のトップをやっている」という信念を、言葉だけでなく行動で示し続けた人なんだ。
「日本の自動車業界の課題」とは何か
トヨタが「業界全体の課題に尽力してもらう」と表現した背景には、日本の自動車産業が直面している深刻な問題がある。
EV(電気自動車)シフトへの対応:2023年の世界EV販売台数は約1,400万台に達し、中国メーカーのBYDが約302万台でトヨタを上回る勢いを見せている。日本の自動車産業全体で、この波にどう乗るかが喫緊の課題だ。
認証不正問題:2024年に日本の自動車メーカー複数社で型式認証の不正が発覚した。トヨタも無関係ではなく、業界全体の信頼回復が急務となっている。
サプライチェーンの変革:EVシフトにより、エンジン関連部品を作ってきた下請け企業(日本全国で約5万社、雇用者数約550万人)の事業転換が必要になっている。
豊田さんが取り組もうとしているのは、まさにこのような「一社では解決できない産業レベルの課題」なんだろうね。
人材育成への注力という意味
デンソー退任のもう一つのキーワードが「人材育成」だ。豊田さんは以前から「いいクルマを作れる人間を育てる」ことにこだわってきた。
トヨタのGAZOO Racing(GR)部門を立ち上げ、モータースポーツを通じて技術者を育成するという独自路線を推進。2017年にはTOYOTA GAZOO Racing World Rally Team(WRC参戦チーム)を発足させ、2022年・2023年と連続でドライバーズ・マニュファクチャラーズ両部門でチャンピオンを獲得している。
まとめ——おじさんが伝えたいこと
まあ、今日の話をまとめるとこういうことだよ。
豊田章男という人は、社長として世界一の自動車会社を作り、会長になってからも日本の自動車産業全体を背負おうとしている。デンソーの取締役を退くのも、「もっと広いフィールドで動くため」と考えれば、むしろ次の勝負に向けての布石に見えてくる。
日本の自動車産業は今、EVシフト・認証問題・人材不足という三重苦の真っ只中にいる。550万人の雇用を支えるこの産業を誰が引っ張るのか——豊田さんはその答えを「自分がやる」と示し続けているんだよ。
キミも次にクルマに乗る時、ちょっとだけこの話を思い出してくれよ。日本のものづくりには、こういうドラマが詰まっているんだからね。じゃあまた!
おじさんの豆知識コーナー:豊田家と日本の自動車産業
ちょっと聞いてくれよ、豊田家の話をすると、これが日本の近代産業史そのものなんだ。
豊田章男さんの祖父・豊田喜一郎が1937年8月にトヨタ自動車工業株式会社を設立した。実は喜一郎の父・豊田佐吉は「自動織機の発明王」として知られ、1924年に世界初の自動換杓式豊田自動織機G型を完成させている。
1929年、豊田佐吉はその特許をイギリスのプラット・ブラザーズ社に100万円(現在の価値で数十億円相当)で売却した。その資金を使って喜一郎が自動車研究を始めたんだ。つまり、日本の「繊維産業の技術」が「自動車産業の資金」になったわけ。
そして章男さんで3代目。一族が創業した会社を世界一の自動車メーカーに育て上げた——この事実、知っておいて損はないよ。