やあやあ、うんちくおじさんだよ。

今日はね、お笑い芸人から絵本作家・実業家へと華麗な転身を遂げた西野亮廣さんの話をしようと思うんだ。最近ちょっと面白いニュースが出てきてね、あのタモリさんとの秘話が明かされたんだよ。これがなかなか興味深い話でさ、まあ聞いてくれよ。

西野亮廣って、どんな人?

西野亮廣さんは1980年7月3日、兵庫県川西市生まれ。1999年に梶原雄太さんとお笑いコンビ「キングコング」を結成して、吉本興業に所属したんだ。2000年代前半には「はねるのトびら」(フジテレビ系)などのバラエティ番組で大活躍して、若手芸人として一世を風靡したんだよ。

ところがね、2009年頃から絵本の制作を始めて、2016年10月には代表作「えんとつ町のプペル」を出版。この絵本がすごくてね、累計発行部数が2023年時点で100万部を突破しているんだ。さらに2020年12月には劇場アニメ化されて、国内興行収入は約13億円を記録したんだよ。

タモリさんのひと言が「ターニングポイント」だった

ここからが今回のニュースの核心なんだけどね、西野さんが最近こんなことを語ってくれたんだ。

「タモリさんに呼び出されまして、怒られんのかなと思ったら……」

おじさんに言わせれば、これは芸人としてかなりドキドキする状況だよね。芸能界の重鎮・タモリさんに呼び出されるなんて、普通は緊張するじゃないか。

西野さんによると、そのタモリさんのひと言が絵本作家の道に進む大きな決断を後押ししたらしい。具体的にタモリさんが何を言ったかは西野さんのトークイベントなどで語られているんだけど、要するに「お前はそっち(クリエイター)の才能があるんじゃないか」というニュアンスの言葉だったようなんだ。

タモリさんといえば、1982年から2023年3月まで実に41年間「笑っていいとも!」の司会を務めた超大御所だよ。芸人として長年の経験を持つタモリさんの目には、西野さんの中に何か特別なものが見えたんだろうね。

おじさん的深掘り:西野亮廣の「ビジネスモデル革命」

絵本を「無料公開」した男

ちょっと聞いてくれよ、西野さんがやったことで当時業界を驚かせたのが、2016年に「えんとつ町のプペル」の全ページをインターネット上で無料公開したことなんだ。

「無料で公開したら本が売れなくなるじゃないか!」と批判も多かったんだけど、結果はどうだったか。無料公開した直後から書店での売り上げが急増して、初版1万部だったのが重版を重ねて最終的に100万部超えを達成したんだよ。

「無料で公開することが最大の広告になる」というロジックを実証してみせたわけだ。これはおじさん的には、かなり革命的な発想だと思うんだよね。

クラウドファンディングの先駆者

西野さんは2015年から本格的にクラウドファンディングを活用し始めて、絵本制作費や事業資金を一般のファンから集める手法を芸能界に広めたんだ。CAMPFIREやMakuakeといったプラットフォームを使って、多いときには1プロジェクトで数千万円規模の資金調達に成功したこともある。

そして2019年には吉本興業との専属契約を解消して、完全にフリーランスのクリエイター・実業家として独立。現在はオンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」を運営していて、会員数はピーク時に7万人を超えたとも言われているんだよ。

うんちくおじさんの豆知識コーナー

やあやあ、ここで一つ面白い話をしようか。

実はね、「えんとつ町のプペル」のアニメ映画は、日本だけじゃなくてアメリカ・ロサンゼルスでも2021年1月に上映されたんだよ。しかもロサンゼルスの映画祭「Haiku Film Awards 2020」でグランプリを受賞しているんだ。

さらに驚くのはね、この映画の製作委員会方式を使わず、西野さん自身がプロデューサーとなって製作費を自ら調達したこと。通常の日本のアニメ映画は製作委員会(複数の企業が出資)方式が主流なんだけど、それを嫌った西野さんは「自分でコントロールできる形」にこだわったんだ。

おじさんに言わせれば、これは「テイク・コントロール」という近代的なクリエイター精神の体現だよ。1990年代のお笑いブームを経験した芸人が、2020年代のデジタル経済に完全対応している——それが西野亮廣さんの面白いところなんだよね。

タモリさんという「見抜く力」

もう一つ深掘りしようか。タモリさんが西野さんに声をかけた背景には、タモリさん自身のユニークな経歴があると思うんだよ。

タモリさんこと森田一義さんは1945年8月22日生まれで、もともとはサラリーマンだったんだ。1970年代に山下洋輔さんなどジャズミュージシャンのコミュニティで「素人の面白い人」として話題になり、1976年に赤塚不二夫さんの推薦でテレビデビューしたという経歴の持ち主なんだよ。

つまりタモリさん自身も「既存の枠に収まらないところから才能を発揮した人」なわけで、だからこそ西野さんの中にある「お笑い以外の才能」を見抜けたのかもしれないね。

まとめ

どうだい、西野亮廣さんの話、なかなか面白かっただろう?

1999年にキングコングとしてデビューして、2016年に「えんとつ町のプペル」を出版、2020年にはアニメ映画化、そして今もオンラインサロンやイベントで活躍し続けている。そのターニングポイントのひとつに、タモリさんの言葉があったというのは、何とも味のある話だよね。

おじさんが思うにね、才能って「自分で気づく」より「信頼できる誰かに見抜いてもらう」ことで開花することが多いんだよ。西野さんとタモリさんのエピソードは、そういう「人と人のつながり」の大切さを改めて教えてくれる気がするんだ。

まあ、これからの西野さんの活動からも目が離せないね。おじさんもしっかり追いかけていくよ!