やあやあ、久しぶりだね。今日は2025年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」と、そこで大活躍中の菅田将暉について、おじさんがたっぷり語ってあげようじゃないか。
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」って何だ?
2025年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」は、1月5日から放送がスタートした第64作目の大河ドラマだよ。主人公は豊臣秀吉の弟・豊臣秀長(ひでなが)。そう、兄・秀吉の陰に隠れがちだけど、実は天下統一の影の立役者と呼ばれた人物さ。秀長を演じるのが菅田将暉で、兄の秀吉を仲野太賀が演じているんだ。
脚本は「ゆとりですがなにか」「北の国から」などを手がけたわけじゃなく、今回は「監獄のお姫さま」「カルテット」などで知られる坂元裕二が担当。そのせいかどうか、台詞まわしや人間ドラマの描き方が従来の大河とはひと味違って、若い視聴者を中心に好評を博しているんだよ。
ただ、週刊女性PRIMEなどの報道によれば、NHK内部からは「こんなはずでは…」という声も漏れているらしい。長年の大河ファン、いわゆる「時代劇好きの年配層」が離れていく懸念があるんだとか。まあ、新しいものを作ればそういう声も出るのは世の常だよね。
菅田将暉という俳優、どれほどのモノか
まあ、聞いてくれよ。菅田将暉という俳優、実はものすごい経歴の持ち主なんだ。
1993年2月21日、大阪府池田市生まれ。本名は菅生大将(すごう・ひろまさ)といって、芸名の「将暉」は読み方を変えたものだよ。
芸能界デビューは2009年、テレビ朝日系「仮面ライダーW(ダブル)」で仮面ライダーW/フィリップ役を演じたのが最初さ。そこからわずか10年ほどで、日本映画界を代表する俳優にまで上り詰めたんだから、たいしたものだよ。
主な受賞歴を見ると——
- 2017年・第41回日本アカデミー賞「優秀主演男優賞」(「火花」「溺れるナイフ」「帝一の國」)
- 2021年・第44回日本アカデミー賞「最優秀主演男優賞」(「花束みたいな恋をした」)
- 映画「あゝ、荒野」(2017年)では体重を8kg増量してボクサー役に挑み、各映画賞を席巻した
関連ニュースで話題になっている映画「ディストラクション・ベイビーズ」(2016年公開)は、真利子哲也監督が手がけた作品で、菅田将暉と小松菜奈が初共演した映画だよ。菅田が演じるのは暴力衝動を抱える若者・裕也で、小松菜奈演じるヒロインと交差する物語。この作品での菅田の「狂気的な演技」が業界内で高く評価され、今に至る変幻自在な演技力の原点とも言われているんだ。
「豊臣兄弟!」と菅田将暉のここが面白い
第13回以降でさらに深まる人間ドラマ
NHK公式サイトによれば、第13回から登場人物の相関図が大きく変化するらしい。秀長と秀吉の兄弟関係がいよいよ複雑になってくる時期で、菅田将暉の演技がさらに見どころになってくるそうだよ。
軍師・秀長の知略シーンが話題
放送後の各種レビューサイトやSNSでは「豊臣兄弟!の名軍師っぷりが最高」という声が続出している。戦場での秀長の冷静な指揮ぶりや、感情的な秀吉をなだめる場面での菅田将暉の抑えた演技が「さすが」と評されているんだよ。
菅田将暉×音楽という一面
おじさんに言わせれば、菅田将暉の魅力は俳優だけにとどまらない。彼は2017年に音楽活動もスタートさせていて、シングル「見たこともない景色」でCDデビュー。2019年リリースのシングル「まちがいさがし」はストリーミング再生数が2億回を超え、紅白歌合戦にも2018年と2019年に出場しているんだ。俳優と歌手を両立させるのは並大抵じゃないよ。
まとめ
どうだい、「豊臣兄弟!」と菅田将暉について、かなり深掘りできただろう?
大河ドラマは「歴史のお勉強」じゃなくて、その時代を生きた人間たちのドラマさ。豊臣秀長という「影の立役者」を通して、現代に生きるおじさんたちも何かを感じ取れるはずだよ。リーダーの隣にいる優秀な参謀、組織を陰で支える人間の大切さ——ね、普遍的なテーマだろう?
菅田将暉は現在32歳。まだまだこれから数十年のキャリアが続く俳優だ。「豊臣兄弟!」でどんな秀長を見せてくれるか、おじさんも毎週日曜日が楽しみで仕方ないよ。
ちょっと聞いてくれよ——大河ドラマって毎年1月から12月まで50話前後あるから、1年かけてじっくり楽しめる贅沢なエンタメなんだ。まだ見ていない人は、NHKプラスで見逃し配信もやってるから、ぜひ追いかけてみてくれよ!
うんちくおじさんの豆知識コーナー
豊臣秀長って実はどんな人物?
今回の大河で菅田将暉が演じる豊臣秀長(1540〜1591年)は、兄・秀吉の右腕として活躍した戦国武将だよ。「大和大納言」とも呼ばれ、最終的には大和・紀伊・和泉の3カ国、約100万石を領した大大名にまで出世した。
ここが面白いのはね、秀長が生きていた時代、「内のことは長政(秀長)に、外のことは秀吉に」と人々が言っていたという記録が残っているんだよ。つまり内政・外交交渉・人心掌握は弟の秀長、戦闘・威圧・パフォーマンスは兄の秀吉という完璧な役割分担だったわけさ。
さらに面白い話がある。秀長が1591年1月22日に51歳で死去すると、秀吉の暴走が一気に加速したんだ。朝鮮出兵(文禄の役)が翌1592年に始まり、千利休の切腹命令も同年に出される。歴史家の中には「秀長が長生きしていれば、豊臣政権はもっと長続きしたかもしれない」と指摘する人も多い。縁の下の力持ちが亡くなった瞬間、組織が傾く——これは現代のビジネスにも通じる教訓だよね。