やあやあ、久しぶりだね。今日はおじさんが長年ひそかに尊敬している人物について語らせてくれよ。その名もピーター・バラカン。日本在住50年超のイギリス人音楽ブロードキャスターさ。
最近、彼の名前がまたじわじわ話題になってるのを知ってるかい?長年続けてきたラジオや音楽普及活動が改めて評価されていて、SNSでも「バラカンさんに音楽を教わった」という声があちこちで上がっているんだよ。おじさんも若い頃、彼のラジオ番組で「こんな音楽があったのか!」と何度膝を打ったことか。
ピーター・バラカンって、いったい何者なんだ?
まあ、聞いてくれよ。ピーター・バラカン(Peter Barakan)は1951年にロンドンで生まれた。ロンドン大学で日本語を専攻した後、1974年に来日。それからもう50年以上、日本を拠点に活動し続けている筋金入りの「ジャパン在住イギリス人」さ。
最初のビッグな仕事は、なんとイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の英語歌詞翻訳・作詞だ。1978年にYMOがデビューしたとき、坂本龍一・細野晴臣・高橋幸宏の3人が国際展開を見据えて彼に依頼したんだよ。「以心電信(Technodelic)」などのアルバムに携わり、テクノポップという新ジャンルの世界発信を陰で支えたわけだ。
ラジオ一筋で50年近く——NHK FMの「顔」
その後バラカンさんが本領を発揮したのはラジオの世界さ。NHK FMの「ウィークエンドサンシャイン」は1984年から放送が始まり、2024年時点で実に40年以上続く長寿番組になっている。毎週土曜日の朝7時15分から放送されるこの番組は、ブルース・ソウル・ワールドミュージック・フォークなど、チャートとは無縁の「本物の音楽」を丁寧に紹介するスタイルで、根強いファンを持つんだよ。
InterFMでは「Barakan Morning」も長年担当した。こちらは平日朝の番組で、起き抜けに質の高い音楽とバラカン節を浴びるリスナーが絶えなかった。
おじさんが唸った、バラカンさんのうんちく3選
その1:ブルースへの愛情は本物中の本物
バラカンさんのルーツ音楽愛は半端じゃないよ。特にアメリカン・ルーツミュージック(ブルース・R&B・ゴスペル)への造詣が深く、レコードコレクターとしても知られている。自身の著書『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』(2011年刊行)では、ロバート・プラントやリトル・フィートのローウェル・ジョージら、直接言葉を交わした数十人のアーティストとのエピソードを綴っている。
その2:フジロック・フェスティバルに欠かせない存在
おじさんに言わせれば、フジロックとバラカンさんは切っても切れない関係さ。1997年に豊洲で始まり、翌1998年から新潟・苗場スキー場で開催されるようになったフジロック・フェスティバル。バラカンさんはその初期から毎年ステージMCや音楽解説を担当し、「フジロックの語り部」として知られるようになった。世界各地のルーツ系アーティストを紹介するステージでの流暢な日本語MC、あれはもう芸域だよ。
その3:日本語力が桁外れ
ピーター・バラカンさんの日本語はただ「上手い」というレベルじゃない。敬語・くだけた表現・業界用語をすべて使いこなし、書き言葉も問題なくこなす。一般的な外国人日本語学習者が日常会話レベルに達するのに平均2〜3年かかるとされる中、彼は来日からわずか数年でプロの仕事をこなせるレベルに達した。長年の努力の積み重ねとはいえ、1974年の来日時から数えると半世紀以上も日本語と格闘してきたわけで、それだけで頭が下がるよ。
まとめ:「本物の音楽案内人」として半世紀
ピーター・バラカンさんが日本にやってきた1974年、日本のFM放送はまだ始まったばかりだった(NHK FMの本格的な全国展開は1969年から)。その黎明期から現在まで、チャートの順位や視聴率より「良い音楽を正直に伝えること」を貫いてきた姿勢がいま改めて評価されているんだよ。
SNSが全盛の時代、バズる動画より深いうんちくのほうが結局は人の心に残る——バラカンさんはそれをラジオという媒体で証明し続けてきたわけさ。
まあ、君も週末の朝にNHK FMをつけてみてくれよ。バラカン流の丁寧な音楽紹介を聴けば、知らなかった音楽の扉がひとつふたつ開くはずだよ。おじさんも毎週楽しみにしてるんだからな!
おじさんのうんちくコーナー:「イギリス人はなぜ日本のポップに詳しいのか?」
ちょっと聞いてくれよ。バラカンさんがロンドン大学で日本語を選んだ1960年代末というのは、日本がまだ高度経済成長の真っ只中だった時代さ。当時イギリスでは、急速に台頭してくる日本の工業力に注目した政府が「日本語教育を強化すべき」という方針を打ち出していたんだよ。ロンドン大学のSOAS(東洋アフリカ研究学院)は1916年創立の名門で、日本語・日本文化の研究で欧州随一の水準を誇っていた。
さらに面白いのは、1960〜70年代のイギリスではビートルズをはじめとするブリティッシュ・インヴェイジョンの影響でポップ音楽と語学が妙なかたちでリンクしていたこと。「外国語を学べば海外の音楽シーンに直接アクセスできる」という発想が若者の間に広まっていたんだ。バラカンさんもその流れの中で日本語を選び、結果として日本の音楽文化と深く関わることになった——歴史の偶然って面白いだろう?