やあやあ、久しぶりだね。今日はおじさんが最近気になってることを話させてくれよ。
そう、「セザンヌ」だよ。コスメに詳しい人なら「あのプチプラブランドね!」って思うだろう?でもちょっと聞いてくれよ、その名前の由来から始めてみよう。
セザンヌとは何者だ?
まず最初に確認しておこうか。日本のコスメブランド「CEZANNE(セザンヌ)」は、1964年に創業したセザンヌ化粧品株式会社が展開しているブランドだよ。創業から60年以上、ドラッグストアで手頃な価格で買えるプチプラコスメとして知られているさ。
そして2026年春夏の新作として、いま話題になっているのが「チークブラッシュ」の新色「コーラル」と、クッションファンデーション「薄膜カバーファンデ」の新色の2アイテムなんだ。チークはチークカテゴリーで人気No.1(2024年度実績)を誇る看板商品で、今回の新色は「多幸感のあるコーラル」。ふんわり血色感を演出するカラーで、透明感のある仕上がりになっているらしいよ。クッションファンデの方は「つるんとツヤ肌」を実現する薄膜処方で、2026年夏に向けた明るい新色が追加されたんだ。
さて、ここからがおじさんの本番だよ。
ポール・セザンヌ――「近代絵画の父」の正体
なぜコスメブランドの名前が「セザンヌ」なのか、気になっただろう?そう、ポール・セザンヌ(Paul Cézanne, 1839〜1906年)、フランスの画家から名前をもらっているんだ。
セザンヌは1839年1月19日、南フランスのエクサン=プロヴァンスに生まれた。若い頃は印象派の画家たちとも交流していたが、彼のスタイルはどこか一線を画していたんだよ。
おじさんに言わせれば、セザンヌの革命的なところは「りんごの描き方」にある。
彼は同じりんごを何度も何度も描いた。なんと170点以上の静物画にりんごが登場すると言われているんだ。「りんごでパリを驚かせてやる」という言葉まで残っているくらいだよ。
セザンヌが変えた「見方」
それまでの西洋絵画は「一点透視図法」――つまり一つの視点から見た景色を正確に描くことが主流だったんだよ。
ところがセザンヌは「物体を複数の視点から同時に描く」という手法を使い始めた。テーブルの上のりんごが、なんだかちょっとズレて見える、角度がおかしい……それは意図的だったんだ。
この発想が後にキュビズムという芸術運動を生む。パブロ・ピカソ(1881〜1973年)は「セザンヌは我々全員の父だ」と言ったほどだよ。1907年にピカソが描いた『アヴィニョンの娘たち』はキュビズムの先駆けとされるが、その背後にはセザンヌの影響がある。
プチプラコスメとフランスの巨匠、その接点
「でもおじさん、コスメブランドとなんで関係があるの?」って思うだろう?
セザンヌ化粧品がこの名前を使っているのは、「美しさへの探求」「色彩の革新」というセザンヌの精神にあやかっているからとも言われているさ。実際、セザンヌは色の塗り重ね方に独特のこだわりがあって、絵具を小さなタッチで積み重ねて独特の質感と奥行きを出していた。
コスメで言えば……チークを重ねて自然なグラデーションを作る、ファンデーションで薄く重ねて透明感を出す、という発想と通じるものがある気がしないかい?
「コーラル」という色の系譜
今回の新色「コーラル(珊瑚色)」もちょっと面白い話があるんだよ。
コーラルピンクは赤みオレンジと桃色の中間色で、日本では江戸時代から「珊瑚色」として親しまれてきた色だよ。珊瑚は地中海や日本近海(特に高知県沖、土佐清水沖)で採れる宝石で、江戸時代には帯留めや簪(かんざし)の素材として女性たちに愛されてきた。
つまりセザンヌのコーラルチークを使うとき、その色にはフランスの印象派からJAPANの江戸文化までの長い歴史が込められているんだ。ちょっとロマンチックだと思わないかい?
まとめ
ドラッグストアで手軽に買えるプチプラコスメの背後に、1800年代のフランスの画家がいる――これがおじさんが今日伝えたかったことだよ。
セザンヌ(画家)は67年の生涯で多くの作品を残し、その革新的な視点が20世紀美術を変えた。セザンヌ(コスメ)は創業60年以上のロングセラーブランドとして、手ごろな価格で多くの人の「美しくなりたい」という気持ちに寄り添ってきた。
次にチークブラッシュをほおに乗せる時は、ちょっとだけポール・セザンヌの「色の重ね方」を思い出してみてくれよ。きっとメイクが少し楽しくなるはずだよ。
まあ、うんちくが多すぎたかな?でも知識は人生を豊かにするからね。またいつでも寄ってくれよ!
おじさんの豆知識コーナー
セザンヌの絵は生前ほとんど評価されなかった!
まあ聞いてくれよ、今でこそ「近代絵画の父」と称えられるセザンヌだが、生前の評価は散々だったんだ。1874年と1877年に印象派展に出品したが、批評家たちからはボロクソに言われた。地元エクサン=プロヴァンスでも「変人の画家」扱いだったそうだよ。
転機が訪れたのは1895年、パリの画商アンブロワーズ・ヴォラール(当時24歳)が個展を開いてから。この時セザンヌはすでに56歳。晩年になってようやく評価が高まり、1906年に67歳で亡くなった後、1907年のサロン・ドートンヌでは56点もの回顧展が開催され、一躍「近代絵画の巨匠」として世界に認知されたんだ。
代表作『大水浴図(Les Grandes Baigneuses)』(1906年)は、現在フィラデルフィア美術館に所蔵されており、その評価額は数百億円規模と言われているよ。