やあやあ、今日はちょっと熱い話題を持ってきたよ。歌舞伎界でまたやってくれたね、中村勘九郎が!
2026年4月、歌舞伎座で行われている「四月大歌舞伎」で、中村勘九郎がなんと歌舞伎座での初宙乗りを披露したんだ。本人も「木挽町では初めてなのよ」と語ったというから、本人にとっても特別なことだったんだね。ねずみに乗って客席上空を飛ぶという演出で、場内はどよめきと拍手に包まれたそうだよ。
さあ、ここからはおじさんがしっかり解説してあげよう。
中村勘九郎という男を、まず知ってほしい
中村勘九郎は1981年10月31日生まれ、本名は波野哲明。あの伝説的な歌舞伎俳優・十八代目中村勘三郎の長男だよ。2012年1月に十八代目中村勘九郎を襲名、その年の12月には父・勘三郎が57歳という若さで急逝した。だから勘九郎は、父の死のわずか数か月後から、その巨大な名跡を背負って歌舞伎界を引っ張ってきたんだ。
現在44歳。子役時代から舞台に立ち、2005年にはNHK大河ドラマ「義経」に源義経役で出演するなど、歌舞伎の枠を超えた活躍を続けている。歌舞伎俳優としては、2019年に松竹から「歌舞伎座特別公演」の主演を務めるなど、今や歌舞伎界の中心的存在だよ。
「宙乗り」って何?おじさん的に解説しよう
「宙乗り(ちゅうのり)」というのは、歌舞伎の演出技法のひとつで、俳優が舞台から客席の上空をワイヤーで移動する見せ場のことだよ。江戸時代から続く「荒事(あらごと)」の演出が発展したもので、正式には「宙乗り」「花道の宙乗り」などと呼ばれる。
今回の演目では、勘九郎がねずみの造り物に乗った形で客席を飛んだという。これが歌舞伎座・木挽町での初披露だったんだね。
父・勘三郎ゆかりの「宙乗り」への思い
おじさんに言わせれば、今回の宙乗りには単なる演出以上の意味があると思うよ。
先代の十八代目中村勘三郎は、「コクーン歌舞伎」(1994年開始)や「平成中村座」(2000年旗揚げ)など、歌舞伎を一般の人々にも身近なものにするための挑戦を続けた人だった。コクーン歌舞伎では渋谷のシアターコクーン(収容人数約800席)という非伝統的な場所で公演を行い、新たな歌舞伎ファンを開拓した。
宙乗りといえば「義経千本桜」の狐忠信が有名で、先代・勘三郎もその演目で観客を魅了してきた。息子・勘九郎が歌舞伎座という「本丸」で初めて宙乗りを披露したこと——それはひとつの継承の証でもあるんじゃないかな。
「四月大歌舞伎」のもうひとつの顔:市村橘太郎
今回の「四月大歌舞伎」には、子役出身の実力派俳優・市村橘太郎も出演しているよ。彼は子役からたたき上げで歌舞伎界を生きてきた俳優で、得意の番頭役を「旦那様に忠誠を尽くす」という言葉で語っていた。
歌舞伎の世界では、こうした「脇役の芸」も公演全体の質を大きく左右する。主役が際立つのも、脇を固める俳優たちの実力があってこそ——これ、おじさんが長年歌舞伎を見てきて感じることだよ。
まとめ:歌舞伎は「生きている伝統芸能」だ
歌舞伎の歴史は400年以上。1603年(慶長8年)に出雲の阿国が京都で「かぶき踊り」を演じたのが始まりとされ、2008年にはユネスコの無形文化遺産にも登録された。
でも歌舞伎は単なる「古いもの」じゃない。勘九郎のように、伝統を守りながら新たな挑戦を続ける俳優がいるからこそ、今も客席に笑いとどよめきが生まれるんだよ。
歌舞伎を見たことがない人、一度は生で見てほしいね。歌舞伎座の一幕見席(立見・4階)なら1,000〜2,000円前後から観られるから、気軽に足を運んでみてよ。宙乗りのある演目の日なら、もう最高だよ。
おじさんとの「うんちく歌舞伎入門」、いかがだったかな?また面白い話を持ってくるから、楽しみにしていてくれよ!
おじさんの豆知識コーナー:「木挽町」って何の町?
まあ、聞いてくれよ。「木挽町では初めてなのよ」という言葉、さらっと流してしまった人いないかい?
「木挽町(こびきちょう)」とは、現在の東京都中央区銀座4丁目付近の旧地名で、江戸時代から木材を切り出す職人(木挽き)が多く住んでいたことに由来するんだ。そして歌舞伎座はまさにその木挽町に1889年(明治22年)に創設された歴史ある劇場だよ。
現在の歌舞伎座は2013年にオープンした5代目で、収容人数は約1,808席。1年間でおよそ350日以上公演が行われるという世界でも類を見ない歌舞伎専用劇場なんだ。「木挽町では初めて」という勘九郎の言葉には、歌舞伎俳優としての長い歴史への敬意も込められているんじゃないかな。